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記憶が意識を操作する

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 ということで付き合ってきた。
 告白した男性からすれば、有頂天だったことだろう。
 だが、付き合ってみると、すべてが受け身、男性からすれば、
――何か物足りない――
 と思ったとして当然だった。
「あれだけ相手が有頂天になっていたのに、別れる時は本当にアッサリしているのね」
 と友達から皮肉を言われた。しかし、それが真実であり、事実であった。
 彼らとはそのすべてが自然消滅であり、却って別れた男性は、アッサリとしたものだった。それが梨乃には救いに感じられた。だが、これを本当に、
――恋愛経験をした――
 と言えるのだろうか?
 恋愛経験というのは、もう少し違うものだと思っていた。
 そんな自分に疑問を持っていた時、美容室で勤め始め、まわりからは真面目で控えめな性格に見られ、好感度が結構あったというのは、皮肉なものだった。
 その時知り合った涼子のつてで知り合った涼子の夫である中西、彼をまさか好きになってしまうなど、梨乃には想像もつかなかった。
 前の男性と自然消滅してからしばらく経っていたので、そんなに寂しいという思いは消えていた。
 さすがに自然消滅とはいえ、男性と別れてしばらくは寂しさがこみ上げてきた。しかし、それがどこから来るものなのか分からない梨乃は、正直自分を持て余していたような感覚になっていたのである。
 梨乃は、中西の中の何に惚れてしまったのだろう?
 正直、今も分かっていない。他の人にはない何かを感じたのだろうが、一番今大きく感じていることは、
――この人は、追いつめられたりした時は、他人事のように客観的にまわりを見ることのできる人で、だからと言って、逃げているわけではないように感じるところかしら――
 というところであった。
 さすがに子供ができたことで浮足立ってしまった梨乃が中西に相談した時、彼の様子にそれまで感じていたことと違った感覚を覚えたのも事実である。しかし、それは中西に限らず誰でも同じことだろう。だが、梨乃は中西の中に、
――他の人と同じ――
 ということを求めているわけではない。
――彼でないとできないこと、言えないことを求めているんだわ――
 ということを彼と話ながら感じた。
 最初こそ、当然のことであるが、彼は子供のことに疑いを向けた。しかし、話をしているうちに、他人事だと感じながらも、逃げようとしない彼を感じることができた。頭の中がフル回転しているが、どうしても堂々巡りを繰り返す。それは、自分が彼の立場でも同じことだったに違いない。
 それから、ずっと彼からの連絡は途絶えている。
――一番連絡してほしい時なのに――
 梨乃は、女としての自分の弱さを感じていた。
 だが、その時感じたのが、
――私が待っていた男性は、やっぱり彼だったんだわ。どうして彼は涼子さんの夫なのかしら?
 と複雑な思いを感じていた。
 自分の中の考えの矛盾は、梨乃が今まで考えたことのないものだった。その時に感じたのが、
――恋愛というのは、矛盾がなければ存在しないのかしら?
 というものだった。
 しかし、それはあまりにも突飛な考えで、それまで自分が本当の恋愛をしてこなかったという証拠でもあっただろう。
 しかも、その考えの発展が、
――懐妊するはずもないのに、子供ができてしまった――
 という思いである。
 その思いがどれほどのものか、男の中西に分かるはずもない。
――藁をも掴む――
 という思いで、何とか中西に相談した梨乃だった。
 今までの梨乃であれば、そう簡単に人に相談するようなことはなかったはずだ。しかし、事が重大であり、問題は自分一人で解決できるものではないことがハッキリしているのだから、中西に相談するのは当然のことであった。
 もちろん、最初から中西に全面的に引っ張って行ってもらおうなどという思いがあったわけではない。
――二人で一緒に考えていけばいいんだ――
 という思いがあった。
 しかし、それはお互いが平等な立ち位置でのことであって、明らかに立場的には違っている。それは決定的な違いであり、一言で言えば、
――男女の違い――
 ということであった。
 妊娠するのは女性側で、男性はそれを否定しようと思えばできるのだ。実際に妊娠するはずはないという思いが彼にはあり、圧倒的に彼の方が立場は有利だった。
――そんなことは最初から分かっていたはずなのに――
 と、相談した後で、
――しなければよかった――
 と感じるほど、梨乃はしばらく放心状態だった。それほど事は重大であり、梨乃にはどうすることもできないことだった。
 それでも梨乃はしばらくすると、
――やっぱり相談してよかった――
 と感じた。
 それは、相談することで、一歩前に進めたからだ。
――今こうして悩んでいる同じ瞬間、彼も悩んでいるんだわ――
 と、梨乃は中西のことを想った。それは、今まで梨乃が抱いていた中西への想いと形が違っても、同じ感覚に違いなかった。
――私は一人ではない――
 この思いが、今の梨乃を支えているのだと、自分で感じていた。
 中西が梨乃に何も話さなかったのは、確かに中西の中でどうしていいのか分からないというのが強かった。
 他人事のように客観的に見た時の結果として、悩んでも仕方がないという思いを持たなければいけないという感覚だった。それは後ろ向きの考えでしかなく、余計なことを考えてしまって、堂々巡りを繰り返すからだと思ったからだ。
――他人事のような目で見ることはよくないことだ――
 と前から中西は思っていたが、どうもそうではないように思えてならなかった。
 他人事という方に重きを置くわけではなく、客観的に見るということの方が大切なことであるということを中西は考えるようになった。
 その頃中西は、いろいろ考えていた。それは梨乃に対してのことというよりも、むしろ自分のことだった。
 過去のことが走馬灯のように駆け巡る。それは、
――まるで夢に見たのではないか――
 と思うような出来事で、
――夢は決して連結して見ることはない――
 ということに対して矛盾しているようだった。
 一つの夢の中で違う内容が交錯するということはありえないと思っているが、それも一種の矛盾に対して自分を納得させるものだった。
――夢というのは、自分を納得させるためのものを求めている時に、自分の中から回答しようとしているものではないか――
 と考えるようになった。
 その時に矛盾が生じるとしても、それは仕方がないことであり、むしろ矛盾が自分を納得させるためのものを作り出す力になっていると思うと、納得がいくというのも、皮肉なものだった。
 子供の頃の夢をたくさん見るということは、子供の頃に自分をたくさん納得させてきたことがあったということだろう。
 だが、考えてみればそれは当然のこと、小さい頃であればあるほど、その一つ一つが、
――最初に感じたこと――
 なのである。
 一度納得させられたものは、その人にとって「鉄板」である。納得したものは、もう二度と迷うことはない。そして、
――そこから派生した考えがさらに自分を納得させることに繋がってくる――
 そう思うと、今の中西が子供の頃を思い出すのは無理もないことだった。
作品名:記憶が意識を操作する 作家名:森本晃次