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記憶が意識を操作する

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――二重人格でなぜ悪い――
 と考えるようになった。
 それだけ、まわりの二重人格に見える人にも、いきなり偏見を持つのではなく、どんな性格をしているのかということを計り知ろうとした。
 二重人格の人というのは、最初の印象で、
――この人は二重人格だ――
 と感じる。
 もちろん、最初にどちらか強い方の性格をその人の性格だと思うことがほとんどなのだが、二重人格だと感じた瞬間、その人を偏見で見てしまうような考えを持っている人は、少なくないと思っている。
 だが、梨乃は最初に二重人格だということを分かった時に偏見を持つわけではなく、相手の性格を冷静に分析しようとする。偏見を起こしてしまうのは、元々感じている性格とは別に、その人にもう一つの性格を見出すということがどれほど難しいかということが分かっていることで、
――余計なことはしたくない――
 という思いが働くからに違いない。
 だが、梨乃はそのことを分かった上で相手の性格を見ることができないと、
――自分の中にある二重人格を自分で許すことができない――
 と思ったからだ。
 梨乃も、自分を納得させなければいけないと思っている性格なので、自分の二重人格をいかに自分の中で納得させるかということ考えを巡らせている。
 中西は、そんな梨乃に惹かれたのかも知れない。
 それは、梨乃の中にある、
――潔さと、賢さ――
 だった。
 潔さは、中西の中では、判断力だと思っている。それは中西に一番欠けているものであり、梨乃もそのことは分かっているつもりだった。
 しかし、中西が梨乃に求めたのは、「癒し」だったはずだ。梨乃の中に、どのような癒しがあったというのだろう。梨乃にはよく分からなかった。
「俺は、梨乃に癒しを感じるんだ」
 何度となく中西が梨乃に言った言葉だった。
 会話の中で一番多く言われた言葉だっただけに、どうしても意識してしまう。意識してしまうが、その意図が分からない。
――ひょっとして、何かを勘違いしているんじゃないかしら?
 とさえ感じたほどだ。
 だが、勘違いだって、その人の取り方によっては、「真実」になるということもないことではない。では、梨乃が感じていることは真実ではないということだろうか?
 梨乃は自分の身体に宿した命は、中西の子供に間違いはないと思っていた。
 中西と知り合う前に付き合っていた男性がいたが、その人と別れてからかなり経つ。それから中西と不倫関係になるまで、男性経験があったわけではない。やはり中西以外には考えられない。
 しかし、梨乃は実に不思議だった。
 確かに中西は避妊をしてくれていたし、妊娠の可能性は限りなくなかったはずだ。それなのに妊娠してしまったのだから、中西がいう、
「俺の子ではないよね?」
 という言葉には無理はない。
 いや、これは中西でなくとも、否定したくなっても当然のことだ。否定しない方がどうかしているとも言える。
 だが、梨乃はなぜか中西に対して憤りを感じた。
――私はあの人に、必要以上の何かを期待しているのかしら?
 そういえば、以前付き合っていた男性からも、
「お前といると、重たすぎる」
 と言われた。
 その言葉が直接の動機ではないが、決定打の一つになったことは確かだった。しかも、今その人のことを思い出すと、最初に思い出すのはその言葉だった。他にもいっぱいいい思い出はあったはずなのに、最終的に思い出すのが、その衝撃的な言葉だったのだ。
――そんなに、私は人に対して過大な期待をしてしまうのかしら?
 しかも、それを相手に悟られてしまって、それが重荷になってしまう。それは、梨乃にとっては、思ってもみなかったことだった。
 梨乃は、自分以上の相手でないと、付き合いをしないと決めているところがあった。
 梨乃自身は、自分に対しての評価はそれほど悪いものだとは思っていない。だから、時々、自己嫌悪に陥ることがあった。
 自己嫌悪に陥るということは、それだけ自分がしっかりしていて、間違っていないと思っているからで、それが逆にプレッシャーになっていることに、気付いていない。だから、自己嫌悪に陥った時も、その理由と、突入契機がどこにあったのか、なかなか分からない。
 すべてはそこから始まるのに、始まるところが一番難しいというのも皮肉なことで、梨乃はそれだけ自分のことを分かっているつもりで、実際に分かっていないということを、自己嫌悪の時に思い知らされることになるのだった。
 梨乃が一体中西に何を期待していたというのか、正直分からないが、中西には梨乃が、
――俺に対して、何かを期待している――
 という思いは感じていた。
 それが、どんな思いなのか、漠然としてではあったが、分かっているつもりだった。
――梨乃に対して癒しを求めているということは、俺も、自分の中にある感情で、梨乃が癒されてくれるといい――
 というような、ケースバイケースのような感覚だったことに気が付いた。
 その癒しがどのようなものなのかということを、密かに期待していた。梨乃が与える「癒し」に対し、中西はプラスアルファを添えて返してくれる。それがどんなものなのかという期待があったのだ。
 それが、まさか子供という形のものになるとは、梨乃は想像もしていなかった。
 梨乃は子供が嫌いだというわけではない。だが、父親が否定する子供を産む勇気は自分にはなかった。
――子供が可哀そう――
 という気持ちの中に、それだけの
――自分には育てられない――
 という気持ちが含まれているのかということが重要だった。
 確かに子供が可哀そうだという気持ちが一番大きい。その理由として、父親に認めてもらえないという思いと、そんな子供を自分一人で本当に育てていけるのかというのが強かった。
――好きな人の子供を産んで、その子を父親と一緒に愛情を持って育てる――
 というのが、子育ての基本だと思っている。
 しかも、よくニュースなどを見ていて出てくる、子供の遺棄だったり、さらには虐待だったりするのを見ていると、そのほとんどが、内縁の夫との間にできた子供で、ドロドロの家庭環境が思い浮かぶ。それを思うと、相手は奥さんのいる人で、子供は、
――不倫の子供――
 になるのだ。生まれてきた子供は、最初から「負の要素」を持って生まれてくることになる。
――そんな子供を育てるのだ。生半可な覚悟でできることではない――
 と考える。
 正直、失敗が許されることではない。それは、どんな親にも言えることだが、それだけに、「負の要素」がどれだけのものなのかを分かっていない自分に子供が育てられるわけもなかった。
――彼に言わずに、密かに堕胎することもできた――
 と思ったが、それだけはできなかった。絶対に彼には知っておいてもらわなければいけないことだと思ったのだ。
 中西は、頭の中でいろいろな思いが交錯していた。
――確かに子供は自分の子供ではない可能性が限りなく高いが、梨乃がその間、他の男性と愛し合ったという思いも感じられない。このままでは、梨乃を放置してしまうことになる。それだけは絶対にできない――
作品名:記憶が意識を操作する 作家名:森本晃次