小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

記憶が意識を操作する

INDEX|25ページ/32ページ|

次のページ前のページ
 

 梨乃が感じた中西の背徳の思いが本当で、中西自身、自分の考えを見誤っているとすれば、二人の関係は、二人がお互いに感じていることよりも、かなり複雑に絡み合っているのかも知れない。
 中西は最初から、梨乃との関係を、
――子供が生まれるまで――
 と考えていたわけではない。
 むしろ、子供が生まれても、続けられる間は続けたいと思っていた。それは、梨乃に対して最初に感じた「癒し」の思いが強いからだった。
「癒し」は暖かさである。
 中西は、自分に子供ができたということを涼子から聞いて、最初はピンと来なかった。それは別に子煩悩だったわけではないからで、まるで他人事のように感じたからだ。しかし、他人事というのは、それだけ自分をしっかり見ようという表れでもあった。大イベントに、何となくだが心がときめく感覚が、今まで感じたことのない感覚だったことで、その正体を見極めたくなったのだ。
 子供が生まれた時の脱力感、それを中西は、後から思い起すと、
――あれこそ、それまで感じていた「癒し」とは違う「癒し」で、本当の「癒し」だったのかも知れない――
 と感じた。それが中西の梨乃に対しての思いの転換点の始まりだったようだ。
 だが、「癒し」を感じたのは、中西だけで、梨乃にはその思いが伝わらないだけに、中西が離れて行こうとしたのを、
――自分に対する裏切り――
 だと思ったに違いない。
 それでも、梨乃は中西と別れようと思っていた。
――相手が、子供だけに勝てるはずがない――
 と思ったからだ。
 しかし、梨乃が中西と別れられなくなったのは、中西がついた「些細なウソ」から端を発していた。
 中西は梨乃と別れるつもりだったので、あまり自分のことを秘密にしない梨乃を見ていると、次に付き合う男性に、
――自分のことをどのように言われるか分からない――
 という危惧があり、考えなくてもいい余計なことを考えてしまったことで、些細なウソをついてしまった。
 しかし、些細なウソほど相手に気付かせるものであり、相手を深く傷つけるものだということを得てして誰も分からないものではないだろうか。
 中西にとっての「些細なウソ」は、本当のことに限りなく近いものだった。中西自身は、それをウソだと思っている。些細なウソではなくである。
 中西の意識の中と、中西が感じていることとで差がある以上、相手には、また違った意識を植え付ける。ウソの中に登場する人物を中西は、ずっと意識していたみのりをイメージしていたが、みのりのことを実際に知らない梨乃は、中西が意識している相手を涼子だと思っていた。
――でも、何かが違う――
 梨乃はウソを形作っている人が涼子だとすると、
――この違和感は何なの?
 と思わざるおえなかった。言い知れぬ疑念が浮かんできて、梨乃の中での精神状態が情緒不安定になってきた。
 中西は、そんな梨乃を放っておけるようなタイプではなかった。ただ、自分に子供ができたことで、どちらに対しても中途半端になることだけを恐れていた。
 中西は、次第に自分が些細なウソをついたということを忘れていった。梨乃が、そんな中西を見て、疑心暗鬼に陥ったことから、情緒不安定になったことを分かっていない。
――しばらくそばにいてあげることで、梨乃は立ち直ってくれる――
 と思っていたが、その考えは甘かった。
「私、あなたの子供がほしいの。あなたには迷惑を掛けないわ」
 ということまで口にするようになっていた。
 さすがにその言葉を聞いた中西は、恐怖におののくようになり、
――このまま梨乃と一緒にいるわけにはいかない――
 と感じるようになった。
 梨乃から離れようとする中西だったが、それから半年ほど、梨乃と別れることができず、苦悩の日々が続いた。
 しかし、なぜか急に梨乃が中西から離れるようになってきた。
――よかった――
 と思って、ホッと胸を撫で下ろした中西だったが、一か月もしないうちに、今度は自分が物足りなくなった。
――自分が自分ではなくなったかのようだ――
 と感じたが、地に足が付いていないような焦りがあったわけではない。
 どちらかというと、足がないのに、あるつもりのような、足の先だけ麻酔が効いていて、自分のものではないような感覚だった。
 つまりは、自分の中で心変りをしたわけでもないのに、どうしてこんな心境になるのか、自分でも分かっていない。
 今度は、中西が梨乃を追いかけるようになった。
 ただ、あからさまな様子を取るわけではない。精神的に梨乃の気を引こうという気になっていただけだ。
 中西自身、
――さりげない態度は紳士的に見えてくれるだろう――
 と、いかにも自分に都合よく思っていた。
 しかし、そんな態度ほど、相手からすれば、
――わざとらしく見える――
 に違いない。
 梨乃もそうだった。特に梨乃のような女は、相手が逃げようとすれば追いかけるし、相手が自分に引き付けられているのを見ると、焦らしたくなるタイプなのだ。
 中西も同じだった。ただ、二人の間で大きな違いというと、梨乃には自分の性格が分かっていたが、中西には分からなかった。中西は、相手がそんな性格だとすれば分かる方だった。分かるだけに、
――自分がもし同じような性格なら、自分で分かるはずだ――
 と思うに違いない。なぜなら、中西は自分のことを客観的に見ることができるからだと思っている。
 そんな中西と梨乃は、いつしか気持ちの上ですれ違っていた。それも、梨乃には交差したことが分かっていたが、中西には分からない。梨乃はそれだけ冷静になっていたのに、中西は冷静なつもりで、冷静にはなれていなかったのだ。
 中西が自分を納得させられなくなったことで、梨乃を追いかけるようになったが、それも長くは続かなかった。中西が我に返ったのは、
「私、子供ができたの」
 と、梨乃から言われた時だった。
「俺の子ではないよね?」
 と、最初にそう聞いてしまったことで、すでに、普段の中西ではなくなっていた。普段の中西なら、梨乃の身体のことを先に気にするはずだが、その時の中西には精神的な余裕がなかった。
 頭がどうしていいか分からなくなった時、中西は自分を客観的に見ていたはずなのに、その時は、客観的に見ることができなくなっていた。
「さあ、あなたの子供じゃないんじゃない? そんなこと言う人に親の資格なんてあるはずありませんからね」
 中西は、その言葉を聞いてドキッとした。言葉にもドキッとさせられたが、その時の梨乃の態度が信じられなかったからだ。
 子供ができたということ自体に最初、梨乃が何かを言いたくて、カマを掛けてきたのではないかと思っていたが、梨乃の態度を見ていると、妊娠という話だけは本当のことに思えた。もっとも、子供ができたということを信じたからこそ、自分の子供なのかなどということを口に出したに違いない。
――梨乃がカマを掛けたなどということは、分かっていての気休めだったんじゃないだろうか――
 と、思ったのだ。
 元々控えめなところがあった梨乃だったが、中西に対して饒舌だったことが嬉しかった。お互いに他愛もないことを話している時が一番楽しかった。
――別に涼子に不満があるわけじゃないんだけどな――
作品名:記憶が意識を操作する 作家名:森本晃次