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記憶が意識を操作する

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「君は、今まで付き合った男性に対しても、今の僕に対してのように、過去のことや、前に付き合った男性の話をしたりしたの?」
「した人もいるけど、しなかった人もいる。しなかった人は、最後に付き合ったその人だけだったわ。とっても、話ができるような雰囲気じゃなかったから」
「それは、その人が猜疑心の強い人だったからだということかな?」
「そうね。確かに猜疑心は強かった。でも、それ以上に、その人に過去の話をすると、間違いなく嫌われるのは分かっていたのよ。その人に対しては、もし別れることになったとしても、嫌われるのが分かっていることを敢えてして、別れるような形にしたくなかったというのが本音かしら」
 その言葉に、梨乃の性格が現れていた。彼女は別れる場合も、何か納得できるものがほしいのだ。そういう意味では中西に似ている。中西の性格を看破できたのは、自分の中にある性格を感じているからなのかも知れない。
 しかし、実際に自分で把握しているかどうかは怪しいものだ。
 中西であれば、自分の性格と似ているところを、分かっていて敢えて指摘するようなことはしないだろう。
 中西は、梨乃の性格分析を、自分なりにできているつもりでいた。それは自分と似ているところから見ることで、簡単にできると思っていたからだ。
 しかし、思っていたこととは裏腹に、深く掘り下げれば掘り下げるほど袋小路に嵌りこみ、相手の術中に入っていることに気付いていなかった。
「でも、その最後に付き合った人が、私の性格を決定づける相手になったというのは皮肉なものね。恭三さんは、私のことを二重人格だって思っているでしょう?」
 ここで、
「いいえ」
 とは、正直言えなかった。言ってしまうと、それ以上、会話が成立しない気がしていた。それまでの話がすべて、このことの振りだとすれば、ここで否定してしまったら、話は先に進まなくなってしまう。
「確かに、そう思う」
 少し重みのある言い方をした。とても軽く言える言葉ではない。だが、それも中西の性格がそうさせるのだろう。もし自分だったら、軽く流されると腹が立つという気持ちと、重みのある言葉は、不安を募らせるので、本当は嫌なのだが、本音を聞きたいという意味では敢えて重みのある言い方が、この場面では合っている。
 そういえば梨乃は、中西のことを紳士だという表現をした。
 最初は、
――お世辞なんだろうな――
 と思っていたが、それまでに付き合っていた男性と比較したという時点で、
――本音なのではないか?
 と考えるべきだったのかも知れない。
 それを考えなかったということは、中西の中に、梨乃に対して自分の理想像を見ていて、――理想像と現実とが違っているかも知れない――
 という意識を持ち始めていたことを、敢えて無視していたのだろう。
 そう思うと、中西の中で温めてきた自分の理想の女性というイメージが、少しずつ変わってきているのではないかと思えた。
――梨乃がみのりのイメージを変えた――
 と、言えなくもなかったのだ。
 だが、梨乃によって、みのりのイメージを変えられたことに、不思議と嫌な気はしなかった。以前の中西なら、梨乃のようなタイプの女性を好きになるということはなかったはずなのに、特に、
――梨乃の身体に溺れた――
 という意識は確かに中西にはあったが、それだけではないことも分かっている。それなのに、梨乃へのいいイメージは次第に消えて行った。
 かといって、悪いイメージが増強していったわけではない。かつての中西なら悪いイメージだったはずのことが、悪い印象ではなくなってきたということは、それだけ、自分の考えに説得力を感じなくなったのかも知れない。
――梨乃も説得力を感じると自分で言っていたっけ――
 似たところがあることから、自分の信念に対して、どこか疑問を感じながら、感覚がマヒして行ったのかも知れない。同じ感覚がマヒするのであっても、疑問を感じながらであれば、それだけ余計に自分が感じていることに、一度は持った疑問が、もし解決されれば、再度疑問を持つことは二度とない。疑問を持つということは、そういうことなのだ。
 今まで、中西は、みのりに対して疑問だらけだと思っていたが、
――疑問を持っているからこそ、覚えていられるんだ――
 とも感じていた。
 夢に何度も出てきたのを覚えているが、その時のみのりは、いつも同じ人格の同じ雰囲気だった。完全に自分が作り上げた「幻想」だったのだ。
 今から思えば、
――夢を見ていたことを忘れていることもあるのではないか?
 と感じることもある。それは、
――夢をもっとたくさん見ていて、覚えているのは、理想像のみのりだけだ――
 という考えである。つまり、覚えているのは、
――自分の理想としているみのり以外の夢を見た時だ――
 という考えも成り立つのではないだろうか。
 みのりという女性は、中西と同じで、
――自分で納得したことでないと信じない――
 という少女だったのかも知れないと思った。
 だからこそ、あれだけ気高く、少々のことには動じない雰囲気に見えるのだ。お嬢様ということもあり、動じない姿が、
――世間知らずだ――
 という風に見られるかも知れない。だが、他の人が何と思おうとも、中西としては、
――気高く、物動じしない性格がみのりなのだ――
 と、思えてならないのだった。
 ただ、それでも意識の中に、
――可愛らしさを残しておきたい――
 という思いから、世間知らずのイメージを消し去ることはできなかったのだ。
――夢を忘れてしまっているとすれば、忘れてしまった時の夢とは、どっちなのだろうか?
 世間知らずなみのりの夢なのか、それとも、気高く物動じしない時の、みのりの夢なのか、中西は考えていた。
 夢を忘れてしまっている時は、自分が覚えていたくない方だろうから、気高く物動じしない時のみのりの方だと思っている。
 梨乃は、自分のことを隠そうとはしなかった。今までに付き合った男性のことも話してくれたからだ。それはそれで、嬉しかったのだが、よくよく考えてみると、この後、梨乃が自分と別れて、他の男性と付き合うようになると、
――その時、自分のことをその男に話すんだろうな――
 と感じた。
 一体、どんな話をするというのだろう? 
 中西は既婚者である。中西としてはそれほど意識をしているわけではないが、梨乃の方はどうだろう? もし自分が梨乃の立場だったら、相手が既婚者の場合、自分の方が立場が強いと感じるのではないだろうか。
 しかも梨乃は、妻である涼子のことも知っている。二人して涼子を欺いている形にはなっているが、中西が感じる思いと、梨乃が感じる思いに、相当な差があるに違いない。
 あって当然である。中西に対しては強い立場である梨乃は、涼子に対して後ろめたい気持ちになるはずだ。ただ、中西が背徳の思いを強く持っているということを梨乃が感じているとすれば、それは大きな勘違いだ。
 中西が背徳の思いを感じていないというのは、中西本人が感じているだけで、まわりの人たちにはどのように伝わっているのだろう?
作品名:記憶が意識を操作する 作家名:森本晃次