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記憶が意識を操作する

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 しかし、本当は奥さんの方からすれば、旦那に落ち着いてもらっている方がありがたいだろう。自分のことで精一杯なのに、旦那の方にまで気を遣わなければいけないからだ。そういう意味では、腰を落ち着けて構えている夫の方が助かるというものだ。
 だが、中西は、そのどちらでもなかった。
 妻や子供のことが気になって仕方がない様子は表から見るとするに違いない、しかし、頭の中では、万に一つの心配もしていない。そうでなければ、他人事のような心境でいられるはずはないからだ。
「俺もこのままここで生まれるまで一緒にいるよ」
 というと、涼子が、
「生まれるのはそんなにすぐじゃないから」
 と言われた。その時に中西は、
――俺が、客観的に見えかかっているのを見透かされたんだろうか?
 と涼子に対して感じた。
 涼子はそんなつもりではなかったに違いない。どちらかというと、ただ、諌めるつもりだっただけなのかも知れない。
 その時の中西は、確かに神経が過敏になっていたのかも知れない。被害妄想になる要素などあるはずもないのに、戒められたことで、自分の中の何かが変わってしまったのだ。
 今までに同じような思いをしたことがあったような気がする。それは、
――何かから逃げ出したい――
 という思いが働いていた時で、神経も過敏になっていて、すべてが他人事、そして、その思いがどこから来るのか分からないままに、「イベント」は終了していた。
 しかし、
――案ずるより産むが易し――
 と言われるだけあって、他人事のように感じ、
――気が付けばやり過ごしていた――
 という思いの方がありがたかった。
 もっともそれまでの努力は、自分でも半端ではなかったと思っているので、本番をいかに落ち着けるかというだけのことだったに違いない。
 そう、その「イベント」とは受験の時のことだったのだ。それまで一生懸命に勉強してきたことの成果を表す本番で、いかに落ち着けるかということが問題になる中で、中西自身、
――自分を他人事のように思うこと――
 それができたことで、本番がうまく行ったのだと思っている。そういう意味で、節目になるようなイベントでは、
――いかに自分を落ち着かせるかということは、他人事のように客観的に自分を見ることができるか――
 ということに繋がっていくのだ。
 出産というイベントは、しかも本番の主役は自分ではない。あくまでも脇役で、目立ってはいけない存在であることは分かっている。なので、別に他人事でも問題ないはずなのに、どこか他人事ではいけないような気がしていた。
 確かに、出産は夫婦揃ってのイベントなのは分かるが、その時の旦那の立ち位置は微妙なものである。逆に言えば、どんな立ち位置であっても、問題がないような気もする。中西がそのことに気付いた時、すでに、出産は佳境を迎えていた。
 入院室から分娩室に移された涼子は、その奥で頑張っている。微かに聞こえてくる苦しそうな声に思わず手に力が入る中西は、それまで自分が他人事でいたことを、少し後悔していた。
 冷静に考えればそんなことを考えなくてもいいのに、なぜそんな風に思ったのかを考えてみると、なぜか思い出されたのは、子供の頃の記憶だった。
――そうだ、あれはみのりや木村さんに出会った頃の記憶だ――
 忘れていたつもりだった記憶が、なぜこんな時によみがえってきたのだろう? 中西は頭の中が少し混乱していた。
――みのりが「不治の病」に罹っていたということを思い出したからなんだろうか?
 その思いは、
――当たらずとも遠からじ――
 少なくともその時の中西は、そう思っていた。
 ただ、そのことを考えるのは、「不吉」を意味する。そこまで考えていなかった。しかも考えてはいけない「死産」を意味するからだ。
 だが、そう思えば思うほど、みのりのことが思い出されて仕方がない。しかもそれ以上に不思議だったのは、
――なぜかみのりの後ろにいる木村さんを必要以上に意識してしまう――
 ということだった。
「中西さんは、みのりお嬢様のことをどう思っておられますか?」
 ある日、一度だけ木村さんから、そんなことを聞かれたのを覚えている。それまでいつもニコニコしていた木村さんの表情が真剣になっていて、怖いと思うくらいだった。
 後にも先にも木村さんのそんな顔を見たのは初めてのこと。
――あの時は、何のつもりだったのだろう?
 と今でも思い出す。
 あの時、自分が木村さんに、何と答えたのか、正直覚えていない。
――何も答えなかったのかも知れないな――
 と思ったが、ひょっとするとその方が信憑性があることだったのかも知れない。とにかく子供のことなので、素直に感じたことしか言葉に出せないはずだ。あの時、答えなど見つかったはずはないように思う。
――もし、あの時、木村さんは中西が何も答えなかったとして、どんな心境になったんだろう?
 中西は思い浮かべてみたが、
――木村さんはやっぱり木村さんだ――
 と感じ、すぐにいつものニコニコ笑顔に戻ったに違いないと感じていた。
 いつもニコニコしながら、みのりを見つめている姿。それが木村さんであり、それ以外の木村さんは、ほとんど想像できなかった。
――いくら仕事なのかは分からないが、ここまで一人の人に尽くすことができるんだろうか?
 と感じた。
――やっぱり、不治の病というのが、自分の中でみのりのために生きることを納得させていたからなのかも知れない――
 この思いは、涼子の出産の時に思い出した二人を考えた時に感じたことだった。
 今自分が、どうしてみのりと木村さんのことを思い出したのか、少し分かったような気がした。
――あの時の木村さんの心境に、今の自分がなりかかっているのかも知れないな――
 と感じた。
 しかし、もしそうであるとするならば、あの時の木村さんは、みのりに対して、
――他人事のように客観的な自分を感じていたことになる――
 と思った。
――そんなことって……
 と思いながらも、すべてを否定することができない自分を感じた。
 木村さんはあの時、自分を殺していたように思った。中西には、到底自分を殺してまで人に尽くすなどということができるのか、想像もつかないことだった。だが、自分が他人事のように客観的に見ることができるようになると、その時の木村さんの気持ちが分かってきたような気がしたのだ。
――自分を殺してまで他人に尽くすということは、『自分と他人を同じ位置に置く』ということでもある。つまりは、相手を自分と同じだと考えることができなければ、自分を相手と同じように他人事のような目で見ることができれば、少なくとも同じ立場にいることはできるのではないか?
 と感じるのだった。それを自分で納得できて、一度持った自覚を下げることさえなければ、実現できることだと思う。
 しかし、あくまでも想像だけのこと、本当にできるかどうかは分からない。そこには、相手との距離がどの程度のものか、図る必要があるからだ。そう感じた時、中西は絵を描いている時の自分を思い出していた。
 絵を描いている時、考えることは、まずは基本になっていることで、
――遠近感とバランスを図ること――
 だった。
作品名:記憶が意識を操作する 作家名:森本晃次