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絶妙のタイミング

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「虫の知らせ」という言葉は、いかにも非科学的なものを感じさせ、都市伝説やオカルトを思わせる。実際に「虫の知らせ」というのを信じている人がどれほどいるのだろう?
 前兆が現実になってくると、人はオカルトを思い浮かべ、怖いと思うようになる。それを「虫の知らせ」という言葉でフォローすることで恐怖心を和らげているようだ。
 彩名も子供の頃には、「虫の知らせ」を何度か感じたことがあった。そして、そのほとんどがあまりいいことではなかったように思う。逆に言えば、それだけ確率的にも、子供の頃には思い出したくない記憶がたくさんあったのだろう。
 今意識している記憶だけでも、物足りないのではないかと思っている。つまり欠落している記憶のそのほとんどが、
――決して思い出したくない記憶だ――
 と言えるのではないだろうか。
 彩名が、その人との出会いに前兆を感じた時も、それはあまりいい思い出がなかったことから、「虫の知らせ」を感じてしまったことに恐怖を感じた。
――一体、どんな出会いが待っているのかしら?
 という思いが強く、ただ、そのわりに、ドキドキしている感覚は、決して嫌ではなかった。ワクワクしていると言ってもいいだろう。
――今までにはなかった感覚だわ――
 元々、出会いというものには縁がないと思っていた彩名なだけに、出会いの予感は、期待と不安、どちらも存在したとしても、そのほとんどは、不安だったに違いない。しかし、それでも一部の期待が存在する限り、彩名はワクワクしている気持ちを忘れることはなかった。
――春の入学式の時期も、こんな気分になるわ――
 と、自分が入学するわけでもないのに、入学した時のことを思い出していたことがあった。日差しは暖かく、桜が舞い散る光景は、冬の寒い時期にでも、想像することができる。それだけ期待していることをイメージできる力を持っているということなのだろうが、そのことを自分で意識したことはなかった。
「恥かしそうに俯いている顔を見て、意識した」
 と言われてしまうと、まるで口説かれているかのような気持ちになった。男性から口説かれるのは悪い気はしないのだろうが、彩名は、男性の口説き文句に釈然としないものを感じていた。
 それは、自分の中にある、
――孤独は感じても、寂しさを感じないようにすることができる――
 という思いがあるからである。
 寂しささえ感じなければ、孤独であっても、人の言葉に癒しを感じたりはしない。人の言葉の癒しは、自分の中のどこに一番響くのかと言われれば、
「寂しさでしょう」
 としか答えようがないだろう。
 そのことはちょっと冷静に考えれば分かりそうなことなのに、そんなことすら思いつきもしないということは、ほとんどの人が口説かれることで、
――自分が求めているのは、癒し以上でも、以下でもないんだ――
 という感覚に陥るからに違いない。
 それは、男女に差はないのだろうと、彩名は思っている。男性が女性に癒しを求めるように、女性も男性に癒しを求めている。女性の場合は、さらに、男性には強さを求め、男性の場合は、女性に優しさを求める。ここでいう優しさは、最初に求めた癒しの中にはない優しさであり、それがどんなものかは、想像している本人にしか分からないだろう。いや、その本人にも分からないことなのかも知れない。男女の間の溝というのは、それだけ深いものに違いない。
 彼は、名前を次郎と言った。
 次郎は、彩名に対して、
「君は、僕のことがよく分かる気がするんだ」
 と、言っていた。
 最初はどういう意味だかよく分からなかったが、知り合ってみると、確かに彼のことが分かってきた。彼は、彩名の性格の一つである、
――大雑把で、細かいことを気にしないところ――
 が似ているのだ。
 だが、付き合い始めてしばらくすると、
――彼は私のことをあまりよく分かっていないんじゃないかしら?
 と思うようになってきた。
 元々、彼は彩名が自分のことをよく分かってるかのような言い方をしていたはずなのにどういうことだろう? 彩名は不思議に思っていた。
――私と彼の間に、何か交わることのない平行線が存在するのかしら?
 としか思えなかった。
 でも、自分は彼のことが手に取るように分かる気がする。しかもそのことを、彼は看破していたではないか。それを一体、どう説明すればいいのだろう?
 こんな思いは初めてではなかった。いつの頃だったか、同じように相手の気持ちがよく分かったのに、相手が自分のことを全然分かってくれていないという感覚に陥ったことがあった。
 最初にそのことを感じた時、
――つい最近のことだったわ――
 と思ったが、時間が経つにつれて、次第に遠い昔のことのように思えてきた。
 それは、まるで、
――見たことのある夢が昨日のことだったのか、それとも、子供の頃だったのか、ハッキリとしない――
 という感覚に似ていた。ということは、
――この感覚も夢の中で感じたことなのかしら?
 と思うと、ピンと来ることが頭を過ぎった。
――そうだ、自分と性格が似た人に出会うような予感めいた夢を見たことがあったではないか――
 という思いである。
 彩名には、子供の頃に記憶が欠落し、それが男性恐怖症を招いたという意識が存在していた。
 そのため、彼氏がほしいと思いながら、誰かと付き合ったとしても、長続きはしなかった。
 そのほとんどが、相手から、
「君は、僕との付き合いを真面目に考えていない」
 と言われて、去って行かれた。
――どうして、皆判で押したように、同じことをいうのかしら?
 と思った。
――まわりには、私はまったく同じ種類の女としてしか映らないんだわ。しかもそれは、まるで相手をバカにしているような態度を取っている自分がいることを示している。そんな交際を私がしていたなんて――
 と、自分で自分がどんな付き合い方をしていたのか思い出そうとするが無理だった。ただ、
――いつも何かを考えていた――
 という意識しかなかった。
 確かに何かをいつも考えていたが、相手の話を聞き逃したり、失礼な態度を取っているようには思えなかった。それなのに、どこに男性は不満を持つというのだろう? 彩名はそのことからも、自分の男性恐怖症が、他の人の感じる男性恐怖症とは違っていることを意識していたのだ。
 彩名にとって次郎は、
――大人になって初めて、お付き合いをした男性――
 というだけではなく、
――自分のことを分かってくれるかも知れない、最初の男性――
 ではないかという思いを抱いていたが、それが甘かったことを思い知らされた。しかし、彩名には、彼を失うことへの後悔はさほどなかったが、それを自分の口から言い出す勇気はなかった。
 いつも自分がフラれてきた経験があるからなのかも知れないが、ここで自分から相手をフると、
――二度と自分のことを分かってくれる相手に出会えないのではないか――
 という思いに駆られたのだ。
作品名:絶妙のタイミング 作家名:森本晃次