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絶妙のタイミング

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 そう考えると、夢が現実世界とは完全に切り離された状況で見るものであること、そして、潜在意識に包まれているということ。そして、デジャブという現象を自分に納得させることができるものだということ。それぞれに説得力があり、それぞれで現実世界と比較することで、自分を納得させられるに十分なものだった。
 だが、デジャブという現象まで含んでいるということは、なかなか思いつくことではないだろう。そのことに気付いただけでも、彩名は自分が夢というものに対して、何かを納得させるために、避けて通ることのできないものだということを、理解しようとしているのかも知れない。
 彩名が夢の中で一人の男性を意識していることに気が付いた時、その時が、デジャブと夢とを結びつけることを意識させた。そして、夢の中に出てきたその男性に対しても、
――以前から知っていたような気がする――
 と、感じさせ、それが夢の世界ではなく、現実世界のことではないかと思わせるのだった。
 夢の世界を意識していると、その男性のイメージがシルエットとなって浮かんでくる。
――以前にも会ったことがあるような気がするんだけど、どうしても思い出せない――
 確かに夢の世界と現実では、想像以上の開きがあるのだろうが、以前にも会ったような気がする相手だというのに、まったく思い出すことができないというのは、どういうことだろうか?
――まるで、堂々巡りを繰り返しているようだわ――
 ある程度まで思い出せているのに、さらにそれ以上足を踏み入れると、気が付けばまたスタートに戻っている。そこには、見えない壁のようなものが存在しているのではないかと思うと、浮かんでくるのは「結界」という発想であった。
――「結界」とは、それ以上先に進めないだけではなく、スタートラインに戻ってしまうということを暗示させるものなのではないのかしら?
 と、感じるようになっていた。
 彩名は、何度も同じことを考えているような気がする。堂々巡りを繰り返すことも、一種のデジャブではないかとも思えてきたからだ。
――以前にも見たような、あるいは会ったことがあるような――
 という発想は、堂々巡りを繰り返していながら、本人の中でそれが堂々巡りだという意識がない時に起こることではないだろうか。逆に言えば、デジャブを感じない時こそ、堂々巡りを繰り返しているという意識を持っていることになる。それも感じないということは、それだけ堂々巡りが漠然とした感覚であることを示していて、意識としては潜在しているのかも知れないが、表立って意識することはないということだろう。
――堂々巡りを繰り返すことを、無意識に否定している?
 それが、デジャブと堂々巡りという二つを一緒に考えた時に出てきた結論だった。
 彩名にも、そこまで考えてきても、すぐに自分を納得させることのできないことだという意識があるようで、
――なるべく考えないようにしている――
 ということのようだ。
 だが、夢に出てくる男性の輪郭が、そのうちにハッキリしてくるのを感じてきた。
――何かが近づいているのかしら?
 という予感めいたものがあった。
 そこには、以前にも感じたことがあったような「予知」という言葉が耳鳴りのように響いてくるのを感じた。その声が自分の声だとは思えなかったが、どこかで聞いたことのある声であることに違いはなかった。
――誰の声かしら?
 いろいろ考えてみるが、自分が知っている人の声ではない。
――やっぱり、自分の声なのかしら? それにしては、あきらかにいつもと違っているわ――
 と感じた。
 だが、高校時代にマイクを通して、自分の声を録音してもらったことがあったが、その時に聞いた自分の声は、まったく自分が感じている声とは違った。もっと低い声だと思っていたのに、聞いてみると結構高い声で、振動もあまり感じなかった。
――籠って聞こえるようだ――
 というのが、本音である。
「彩名って、いい声してるよね」
 と、高校時代、友達に言われたことがあった。
 さらに大学時代にも先輩から、
「彩名ちゃんの声って、魅力的よ」
 と言われたこともあったが、マイクを通して録音してもらったあの時の声を思い出すと、手放しで喜べることではなかった。
 彩名は、マイクの声を聞いた時から、自分の声が嫌いになっていた。それだけに、自分の声を好きだと言われて嫌な気はしなかったが、複雑な気持ちになったのも事実だったのだ。
 だから、自分の中の「心の声」は、なるべく自分の声を想像しないようにしている。しかし、聞こえてくるのは、自分の意識の中にあるマイクを通しての声だったことがほとんどだった。
 だが、「予知」を感じさせるその声は、いつも感じているマイクを通しての自分の声とも違っていた。
――本当の「心の声」なのかも知れないわ――
 自分の中にある心にも声があるなどという発想は、彩名だけにしかできないものなのだろう。
 彩名が夢を見るようになってから、夢に見た男性が、現実世界でもいるのではないかと思い、探していた。自分が知っている男性の中にいるようで、見つけることができない。やはり、「予知夢」なのだろうか?
 もし、予知夢でないとすれば、自分の知っている人の中に、意識している男性がいるということになる。それは自分では認めたくはない。少なくとも、今現在、彩名が気になっている男性はいないはずだと思っている。もし、そんな男性がいるとすれば、彩名は自分が持っている男性への考え方を変えなければならないからだ。
 彩名には、トラウマがあった。それは子供の頃に感じたトラウマだったのだが、それがどんなものなのか、自分でも分からない。ちょうど記憶が欠落している時期であり、記憶の欠落の原因が、その時のトラウマにあるのではないかという思いは、彩名の中にあった。
 彩名の友達が、近くのおじさんに悪戯されたということで、街中が騒ぎになったことがあった。
 友達が悪いわけではない。悪戯するおじさんが悪いのだ。それなのに、友達の家族は、まるで逃げるようにして、彩名の住んでいた街から姿を消した。
 それ以降、友達の家族のことを話題にするのはタブーとなった。彩名が思わず友達の名前を口にした時、
「余計なことは言わない」
 と言って、母親から叱られた。言葉的には、それほどきついものではなかったが、その時の視線が明らかに彩名を責めていた。
 彩名はビックリして、それ以上何も言葉にできなくなった。
 その時の母親の睨みは狂気じみていた。まともにその顔を見れなかったように思う。もしそのまま見つめていたら、殴られていたかも知れないと思うほど、厳しいものだったのだ。
――どうしてなの? 友達は悪くないのに――
 と、思ったが、とてもそれを聞きただすだけの状況ではなかった。一度、尻込みしてしまうと、そのことに対して彩名は、二度と問いただす勇気を持つことができなかった。
 かといって、まわりの人と同じでは自分が納得できない。なるべくなら、
――忘れてしまおう――
 と思った。
 しかし、こんな時ほど忘れることはできないものだ。そういう意味では欠落している記憶は、自分から忘れてしまおうと思ったわけではないように思えたのだ。
作品名:絶妙のタイミング 作家名:森本晃次