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絶妙のタイミング

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 だが、逆に気になっていることほど忘れられないということもある。それが性格によるもので、それを忘れていたということは、気になっているつもりであっても、意外とそれほど気にしていないのではないかということを示していた。
 彼の笑顔は見ているうちに、本当の笑顔ではないことに気付いてきた。
 彩名が自分の心の内を知られたくないと思っているのが、
――笑顔を表に出さない――
 ということであれば、彼の場合は、同じ思いを、
――心のうちを知られたくないので、わざと笑顔を出しているんだ――
 と思っているのだろう。意識していないかも知れないが、無意識のうちにやってしまい、それがくせになってしまうことも往々にしてあることだろう。
 この感覚は彩名とはまったく違っている。正反対の考え方だが、
「逆も真なり」
 というではないか。
 彩名の場合は、潔癖症なくせに大雑把なところがあると自分の性格を分析したが、彼にも同じところがあるのではないかと思った。
 自分の心の内を表に出したくないから、笑顔を見せるという感覚は、きっと大雑把なところがあるからに違いない。
 彩名は自分の性格の中で大雑把なところが大部分を占めていると感じているが、彼もそのようだった。
 彼の顔は覚えていない。夢の中で出会った人の顔を覚えていることもない。もし、現実世界で似た人が現れても分からないだろう。だが、もし分かるとすれば、もう一度夢の中に出てきてくれるしかない。
 もし、次出てくれば、今度はその顔を忘れることはない。もし現実で同じ顔の人に出会ったとしたら、
――夢で会った人だ――
 と気付くに違いない。
 だから、どこかで会ったことがある人だということを意識しても、それがどこでだったのか分からない場合、
――夢の中でだったのではないか?
 と、考えるようになった。
 しかも、それは二度以上自分の夢の中に出てきた人だ。だが、それがどんな夢だったのか忘れてしまっている。
 現実の世界で一度見てしまうと、夢の中でのことはそこで記憶の奥にしまいこまれてしまう。決して忘れているわけではないということは分かっているのだ。
 二十五歳の彩名だが、学生時代には彼氏がいた時期もあったが、社会人になってからは、彼氏を作ったことはなかった。仕事が忙しいとか、仕事の方が楽しいなどということはない。男性に興味がなくなったわけでもない。ただ、付き合ってもいいというような男性が現れないだけのことだった。
 学生時代であれば、まずは付き合ってみて、それから徐々に相手を知っていけばいいと思っていたが、年齢を重ねるうちに、その考えが微妙に変化していた。それが結婚適齢期に差し掛かり、そのことを意識し始めたからであることを、彩名は分かっているつもりだった。
 学生時代に比べて、男性をシビアに見るようになった。男性の方も、学生時代の頃と違って、女性を結婚相手という意識で見ているのが分かる。男性も女性も、それぞれ自分で納得の行く相手との交際でなければ、後々、後悔することになるのではないかと思うのだった。
 彩名は、自分の性格を、あまりよくは思っていなかった。少なくとも二重人格的なところのある性格は、自分でも納得のいかないところだった。そんな自分に彼氏ができるとすれば、二重人格である自分を納得ずくで、包み込んでくれるような男性でなければいけないと思うようになっていた。
 なかなかそんな男性は現れない。自分の性格に納得できないくせに、相手に自分の性格を納得ずくで、しかも包み込んでもらおうなど、虫が良すぎる考え方なのだろうが、そう思って男性のレベルを上げていくと、今さらながらに彩名から見た男性が頼りなく見えてくるように思えた。
 彩名は、じれったさを感じていた。
 虫が良すぎることばかり考えているくせに、相手には高みを望むなど、
――自分にそんな資格があるのか?
 と思う反面、高みを見てしまったことで、見たくもない男性の頼りないところばかりが見えてくることに、
――最初から、感覚がずれているんじゃないか?
 と思えてくるのだった。
 会社を見渡すと、性格はそれぞれに違うのは分かるが、皆似たり寄ったりに見えてくることが多かった。特に会議の時など、皆黙りこんで、誰かが意見を述べれば、それに対して、誰も反対意見を述べずに、簡単に意見が通ってしまう風潮には、ウンザリしていた。
――こんな鬱陶しい会議は、早く終わらせたい――
 と、口には出さずとも、誰もが考えていることだった。
 それには、黙っていることと、人の意見に反対しないことが一番である。よほど自分たちに不利な状況に陥ることのない限り、意見が少々理不尽なものであっても、誰も干渉はしない。要するに、誰もが自分さえよければそれでいいのだ。
 それは会議の場だけのことではない。特に会議の場ではあからさまに見えていることで、余計にハッキリと意識できるが、他のシチュエーションでも、随所にまわりのことに干渉しないという空気が蔓延している。そんな空気の中にいると、息苦しく感じられるが、それが薄いことで起こる苦しさなのか、濃密なことで起こる苦しさなのか分からない。同じ苦しさであっても、
――息ができない――
 という感覚は同じであり、特に苦しんでいる時に、どっちなのかということまで考えられる余裕があるわけもない。
 ただ、彩名は、息ができないのは、どちらに原因があるのか分かっている。もちろん、他の人も同じような呼吸困難を感じているのかどうか分からないが、もし感じているとしても、
――どちらなのだろう?
 などという考えが頭を過ぎることはないだろう。それは彩名が細かいことまで気にするからではなく、細かいことを気にしないことで、他の人が気にしないような些細なことを気にするようになったとしても、不思議ではない気がする。
 彩名は、二十五歳になるまで、就職してから、会社の人としかあまり関わりがない。友達がいるわけでもなく、話し相手がいるわけでもない。それは、男性に限らず女性に対しても同じだった。
 いつも寄っているコンビニの店員と挨拶を交わすことくらいはあるだろうが、お互いに社交辞令の域を超えているわけではない。世間話でもできる相手がいればよかったのだろうが、そんな相手もいないので、彩名は孤独を感じていた。
 しかし、孤独は感じていたが、寂しさはなかった。孤独というのは、一人でいることを孤独というだけであって、寂しさが伴わないと、ただの状況でしかない。
――孤独には寂しさが付きまとうものだ――
 という考えがあるから、孤独は感情に近いものに分類されてしまうのだろう。
 だが、彩名の考える孤独とは、寂しさが付きまとうものではない。だから孤独であっても、決してネガティブな考えになるわけではなく、
――一人でいる方が、いろいろなことを考えることができてありがたい――
 と思っている。
 ただ、これは口に出して言うことではない。まわりの人には言い訳にしか聞こえないからである。
作品名:絶妙のタイミング 作家名:森本晃次