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絶妙のタイミング

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 ただ、彩名は自分が難を逃れてホッとしたにも関わらず、胸騒ぎは収まらない。
――まさか、これで終わりじゃないということ?
 安心できない状況に自分がいるということを、肝に銘じなければいけないと感じていたのだ。
 彩名は、それからしばらくして、大学時代の同級生が亡くなったという話を聞いた。理由は自殺だったという。愕然となった彩名は、
――もう、会うことも、話をすることもできないんだ――
 と思うと、胸騒ぎを思い出した。
――そうだ、あの時の電話の声は、自殺した友達の声だったんだ――
 思い出してしまうと、今度は背中に汗が滲み、寒気とともに、ゾッとした気分が悪寒となって襲ってくるのを感じた。
 彩名は、死んだ友達と、それほど仲が良かったわけではないが、なぜか学生時代に気になっていた相手だった。卒業するまで、結局親密になったわけではなく、気になる存在というまま、卒業を迎えた。
――今から思えば、彼女が夢に出てきたこともあったな――
 というのを思い出した。
 夢の内容は覚えていないが、あまりいい夢ではなかったということだけは記憶している。もっともいい夢なら、夢を見たこと自体忘れていると思えるからで、悪い夢だからこそ、きっと目が覚めてからしばらくなら、夢の内容を思い出せたことだろう。それすら覚えていないということは、敢えて夢の内容を思い出したくないと思ったからで、よほど悪い夢だったに違いない。
――いい夢だったら忘れてしまい、悪い夢なら覚えている――
 というのは、一体どの精神構造から来ているのか、彩名には分からなかった。
「怖いもの見たさみたいなものなのかしら?」
 とも感じたが、種類が違っているように思えてならない。
 だが、電話が掛かったことを思い出すと、夢の中でも、彼女から電話が掛かってきたような気がした。電話の内容は切羽詰ったもので、今にも死を迎えるようなそんな切迫した声だったように思う。
 それを思えば、事故があった日の朝、掛かってきた電話の声は、やたら落ち着いていた。落ち着きすぎていて、朝の喧騒とした時間に苛立ちを覚えた記憶があった。だが、胸騒ぎを覚えたことからも、その声が妙に不気味だったことを思えば、まったくの無表情で電話をしてきたように思えてならない。それは、
――まるで死を目の前にした人からの電話――
 という意識を持たせるほどで、胸騒ぎは、事故に対してだけではなく、いずれ死を迎える彼女を予見させるものだったのかも知れない。事故が起こってホッと胸を撫で下ろしたにも関わらず、まだ胸騒ぎが収まらなかったのは、予見に二つの意味が込められていたのを分かっていたからなのかも知れない。
 彩名は、自分の中に何か特殊能力でもあるのかを予感していた。
――私は、他の人と、何が違うというのだろう?
 確かに躁鬱症だったり、過去に欠落した記憶を持っていたり、その部分に自分のトラウマが存在しているのではないかという思いがあるのは事実だが、だからといって、特殊能力を有するほどではないと思っている。
 ただ、もしそれが真実であるならば、欠落した記憶にその秘密があるとしか考えられない。
 今までは、
――思い出す必要もないので、気にしないようにしよう――
 と思っていたが、こうなってくると、あながち無視もできないような気がしてきた。今は誰にも迷惑が掛かっていないが、もし他人に迷惑が掛かり、それが自分に跳ね返ってくるようであれば、ただ事ではすまないような気がする。彩名は今、自分の頭の中が、悪い方へとばかり進んでいることを自覚していた。
――どこかで堰き止めないと――
 思い過ごしであれば、それに越したことはないのだが、思い過ごしだと思わせる根拠がない。根拠がなければ自分を納得させるなど無理なことである。
――結論は、最初から決まっていた?
 彩名は、自分が悩んだり考え込んだ時、考え始めた時にすでに答えが出ているのではないかという思いを以前から抱いていたことを思い出した。
――答えは、心の中にあるというのかしら?
 と思い、自分に言い聞かせてみるが、ハッキリとは答えてくれない。
 やはり、自分の考えが堂々巡りの中でも、少なくとも一周はしなければ、自分で納得できる答えだと言いきることはできないのだろう。逆に自分で納得できる答えを見つけることができた時、自分の考えが、堂々巡りを繰り返しているのだということを証明していると言えるだろう。
――欠落した記憶は、最初から欠落していたのだろうか?
 という思いがまず頭を過ぎった。
 忘れてしまいたい記憶があったとしても、そう簡単に忘れられるくらいなら、普通なら苦労をしないと思う。なかなか忘れられないという葛藤を繰り返しながら、次第に記憶の奥に封印する術を見つけることで、やっと欠落させることができるものだと、彩名は信じていた。
 だが、この記憶は、いきなり消えてしまったように思う。
 普通に歩いていて、急に目の前の地面がなくなり、奈落の底に真っ逆さまに落ちていくような感覚である。
 実は、今までに彩名は欠落した記憶を思い出したことがなかったわけではなかった。
 ある瞬間に急に思い出したことがあったが、次の瞬間には忘れてしまっていた。その時、あっという間に時間が過ぎたような気がしていたが、実際には、彩名は意識を失っていて、気が付けばまわりの人から介抱されていた。
「ビックリしたよ、急に意識を失うものだから。救急車を呼ばないといけないと思ったその時、目が覚めたからよかったけど、まるでこん睡状態って感じだったんだけど、今までにもこんなことってあったのかい?」
 介抱してくれた人からそう言われたが、同じようなことが、確かに過去にもあった。その時はまわりに誰もおらず、自分だけの世界に入りこんでしまったような感覚だったので、自分では、
――錯覚ではないか――
 と思っていた。錯覚は夢という形で、自分を納得させるものに変化していた。
 しかし、二度目のその時は、まわりに人もいて、その時も、意識だけが自我の世界を形成していたような不思議な感覚だったのだ。
――私の意識はどこに飛んでいたんだろう?
 と彩名は思い出そうとしたが、きっと意識を失った時にまわりに誰もいなければ、以前と同じように、錯覚だと感じ、夢だとして自分の中で処理してしまったに違いない。
 それほど夢というものは曖昧で、錯覚まで夢だと思うことで、自分を納得させる道具として使うこともできるだろう。
 欠落した記憶は、トラウマを伴っている。
 彩名はトラウマを抱えていることは意識しているが、トラウマの正体を知らない。分かっていたからといって、解消できるものではないので、無理して知る必要もないと思っていた。
 下手に知ってしまうと、何かあった時、トラウマを意識していないつもりでも、勝手に頭の中に割り込んできて、目の前に現れれば、意識しないわけにもいかないだろう。これでもかというほど見せつけられるトラウマが、目の前に展開されるところなど、想像できるはずもない。
 彩名は、異性に興味を持つのが、少し他の人よりも遅かった。中学に入るまでは、異性を意識することもなく、恋愛感情など、自分の中にはないものだと思っていたくらいだった。
作品名:絶妙のタイミング 作家名:森本晃次