絶妙のタイミング
やってしまって後悔することもあるが、しなくて後悔することの方が遥かに大きい。子供の頃にその意識があれば、もっとやりたいことをしていたはずだ。大人になってしまえば、やってしまったことに対して後悔することの方が多くなっているのだ。
やりたくないことはしなくてもいいのが子供の世界であり、大人になれば、やりたくないことでもやらなければいけないことはたくさん出てくる。それが社会の仕組みとしての自分の役割になっているのなら、やらないわけにはいかないだろう。
子供の頃から、やってもいいがしなくてもいいという中途半端なことに対しては、一切手を触れてこなかった。そのツケが今回ってきたわけだが、要するに、それだけ経験を積んでいないということになるのだろう。
彩名は香織を見ていて、
――きっと彼女の子供の頃、やりたいと思ったことをやらずに済ませたという後悔をしてこなかったに違いない――
と感じるようになった。
彩名を意識しているわけではないのに、彩名の方が意識してしまうのは、自分にないところをハッキリと表に出している様子が見て取れる香織に、どこか嫉妬のようなものを感じているのかも知れない。
香織から、よく昼食に誘われる。会話はさほどあるわけではないが、差し障りのない会話が多い。
かといって、どうでもいいような会話の中であっても、いつも必ず一つは心に突き刺さるような言葉を残しているのは、他の人にはない香織の特徴だった。
やはり香織を、
――逃してしまってはいけない相手――
と思っているようだ。
それに他の人に彩名のことを知られているのであれば、気持ち悪いだけだが、香織に知られているだけなら、気持ち悪いどころか、まるでゆりかごに揺られているかのような睡魔を誘う適度な疲れを感じさせてくれる。
そんな香織を、彩名はいつの頃か「意識」し始めていた。
それは、友達や同僚という意識ではなく、
――慕う相手――
としての意識である。
もし、二人きりになれて、まわりに誰もいないとすれば、
「お姉さま」
と言って、抱き付きたい気分になっていた。
香織がどんな表情をするのか、彩名はいつも想像してみた。その都度、顔が赤くなるのを感じていたが、すぐに我に返り、
――私ったら、なんてはしたないことを考えているのかしら?
と、自分を叱咤したい気持ちでいっぱいだった。
ただ、自分をごまかすことはできない。またすぐに慕う気持ちが、身体の奥から滲み出てくるのだった。
その気持ちは一度こみ上げてくると、なかなか沈めることは難しい。
油田のように掘り起こすまでは難しいが、一旦、湧き出てくると、衰えることを知らずに、どんどん湧き出してくる。彩名は自分の中に、そんな意識が隠れていることを知った。それこそ、潜在意識の表れである。
香織は最近、彩名に対して攻撃的なところがあった。特に、
「あなた、最近彼氏でもできたんじゃない?」
と、会話の端々で言われるようになった。
最初はドキッとして、どう返答していいのか迷っていたが、慣れてくると、スラッと受け流すことができるようになった。
――香織は、私を試しているのかな?
と思うようになると、慣れてきた今では、今度は最初の頃のようにあたふたしているように見せることがあった。そんな時、ニンマリと笑う香織の表情が妙に可愛くて、少し苛めたくなるくらいだった。
――立場が逆転したのかしら?
とも思ったが、実はその時、香織が鬱状態で、精神が弱っている時だったのを知ってからは、余計な悪戯はしないように心掛けていた。
彩名にも躁鬱症の気はあった。本当なら香織が同じく鬱状態になっているのなら、誰よりも先に気付くべきなのだろうが、意外と自分と同じ性質のものには、気付かないものである。
「灯台下暗し」
という言葉もあれば、保護色で同じ色のものが見えにくいのも道理である。
そう思うと、
――近すぎて却って見えないものもたくさんあることになる――
という考えも浮かんでくるのだった。
香織の鬱状態は、見る限りでは、自分の鬱状態とは違う種類に思えた。
鬱状態と言っても、表から見えているものと、実際に自分で感じているものとではかなり違っていると聞いたことがある。
「鬱状態にもいろいろ種類があるみたいよ」
と、大学時代に心理学を専攻している人が話していた。それを聞いていた人が相槌を入れる。
「どんな風になの?」
「内に籠る鬱と、表に発散される鬱なんだけど、内に籠る鬱が圧倒的に多いように思われているんだよね。表に発散される鬱の場合は、もはや鬱ではないと思っている人もいるらしく、その場合の鬱は、どうやら他の人に伝染するものらしいのよ。鬱というのは、元々普段からいろいろなことを考えている人が、ふいに自分が考えていることに疑問を持った時、我に返って、自分の居場所が分からなくなって、自分を見失いのが鬱だと思うの。そういう意味では、元来人に移るものではないでしょう?」
「それはそうね。確かにあなたのいうように、鬱病というのは、自分で自分のことが分からなくなった時のことだって聞いたことがあるわ」
「誰でも同じだとは思わないまでも、鬱病に関しては、さほど個人差はないと思われがちなんだけど、私は、これほど大きな違いのあるものはないんじゃないかって思うのよね」
「鬱病って、一口にいうけど、そんなにいろいろあるんですね?」
「私はいろいろあると思ってるわ。さっき言った伝染するというのは、医学的に証明されているわけでも何でもないんだけど、そう思うと合わなかった辻褄が合ってくることもあるように思えてくるから不思議なのよね」
ここからはあまりハッキリとは覚えていないが、この話を香織にすると、
「確かに興味のある話だわ」
と言って乗り気になった。
「私は、伝染というところに注目したんだけど、病気じゃないものも伝染したりするんだと思うと、不思議な気がしてきたのよ」
と、彩名がいうと、
「私は、昔から伝染するものは病気だけに限らないと思っていたわ。伝染に必要な要素は、病気というよりも、心情というところにあるんじゃないかって思ったりするの。ほら、悲しい映画やドラマを見た時、もらい泣きするっていうでしょう? あれだって、感情移入が激しい人のそばにいると、自分もその人に感化されて、涙が出てくるのかも知れないわね」
「でも、それって劇中の泣ける内容が、その人のツボに嵌ったかどうかということなんじゃないのかしら?」
「でも、ツボに嵌るということは、その人の意識や記憶の中にある感動を、その映画が呼び起こしたのだとすると、もらい泣きした人も、同じような過去を持っているということになるわね。でも、そんなに都合よくいくかしら? 私はそれよりも、感情移入が泣いている人の心の中を覗いてみて、その人がどうして感動しているのかを垣間見ることで、自分も同じ感動に浸ってしまったのではないかと考える方が自然なんじゃないかって思ったりするの」
「ということは、感情移入というのは、ある意味、伝染だっていうことなのかしら?」
「そう言えるかも知れないわね」