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絶妙のタイミング

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 と思っていて、時々ではあったが、信二との再会を思い浮かべ、話の展開を想像したりしていた。それは思っていたよりも心地よいもので、いつの間にか時間を忘れて考えていることが多かった。
「一体どうしたの? ボーっとして」
 と、仕事中でも考え込んでしまっていることがあるくらいなので、同僚からも指摘されることになった。
「何でもないんだけどね」
 と、口を濁していたが、
「何よ。昔の彼氏のことでも考えていたの?」
 と、言われて、思わずビックリしてしまった。
 必死でドキッとしている自分を隠しながら、
「ええ、そうね」
 と否定はしなかった。
 ここでムキになって否定してしまうと、却って余計な勘繰りを相手に与えてしまうことになる。ここは素直に認めて、相手の想像を必要以上なものにしないようにと考えたのだった。
 同僚の名前は、香織と言った。
 香織は、
「私は人の心を読むのが得意なの」
 と自称ではあるが、豪語していた。
 しかし、彼女のセリフからは、完全なものは感じられない。
「人の心を読むことができる」
 と言いきっているわけではなく、
「得意なの」
 という中途半端な言い方で、お茶を濁している。
 ただ、香織の言葉には、中途半端ではあるが、どこか重みが感じられる。最初はそれがどこから来るものか分からなかったが、今では何となく分かるような気がしてくるのだった。
――彼女は、それだけ自分に自信があるんだわ――
 言葉尻は中途半端なのだが、言葉尻とは反対に、考えていることに自信はあるようだ。
 それが香織の特徴だった。
 彼女は他の人とは違って、自分に自信があるということを、表に出そうとはしない。出したくないようだ。それが言葉尻に現れてくるのだが、実際に思っていることは、態度になって現れる。
 いわゆる「オーラ」を感じるのだ。
 彩名は、そんな香織に一目置いている。
 そして、香織からいつどんなことを言われるのか、ドキドキしながらも、内心では楽しみにしていた。
――私って、Mなのかしらね――
 と苦笑したが、いきなり指摘されると、悟られないように、煙に巻くわけではなく、相手の言葉を肯定することで、その場をやり過ごそうとした。
 彩名はそんな自分に少し自己嫌悪を感じていた。
――せっかく、香織が指摘してくれたのに、私はごまかすような返答しか、どうしてできなかったのかしら?
 と思ったが、もうあとの祭りである。
 彩名は、
――香織はどうして、簡単に言ってのけたのかしら?
 昔の彼氏のことを思い浮かべていたなどという聞き方は、普通ならサラリと受け流してもいい内容だ。その質問にいちいち反応するというのも、本当はナンセンスな話だと思うのだが、香織という女性の性格を分かっているだけに、彩名には、簡単にスル―することができなかった。
 香織は、彩名に興味を持っていた。
 香織には友達はいない。彩名も友達が少ない方だが、香織は、就職前の友達とは、もうすでに連絡を取っていないということ。仕事を始めて友達ができたという話を聞いていないし、もし友達だと言える相手がいるとすれば、彩名だけだったのかも知れない。
 香織の好奇心は旺盛だった。特に彩名の行動は気になっているようだった。そんな彩名に対して、
「昔の彼氏のことでも」
 などという言い方は、考えてみれば香織らしくない。
 言葉の最後に、
「でも」
 という言葉を使ったことも解せない。なぜなら、その言葉は、相手を小馬鹿にしているように取られないとも限らないからである。
 それに、「昔」という言葉、香織にしては、中途半端な言葉の使い方に思えた。そして何よりもこの聞き方は、相当お互いに分かり合えていないと口にできない言葉ではないかと彩名は思っていた。
――私たちって、そこまで仲が良かったのかしら?
 少なくとも、香織がそう思ってくれているのであれば嬉しい限りだが、彩名にはそこまでは考えられない。まだまだ香織には、彩名の想定外のことが、頭の中で燻っているのではないかと思うのだった。
 彩名は香織の「控えめな」性格が嫌いではなかった。
 時々、控えめなところが目立ってしまうこともあるが、それもたまになので、いいと思っている。
 そして、入社して三年も経つのに、それまで香織のことを何も知らなかった自分がいることに気が付いた。
――香織は、私に結構溜口を利いてくるけど、私は、いつも敬語を返していたわ――
 それは、香織の迫力のせいなのかと思っていたが、そうではない。香織は彩名が考えているよりも、彩名のことを分かっているのだろう。だから、溜め口でもいいと思っているのだろうし、溜口を利いても怒ることはないとタカをくくっているのだ。
 もとより、その通りだった。
 彩名には香織に対して逆らうことはもちろん、敬語を使うことに対して違和感は一切なかった。それが香織のイメージに沿っているので、違和感などないのだ。要するに香織には彩名に対しての優位性があるのだった。
 そんな中で、他の人にもそうなのだが、彩名に対しても、控えめなところがあった。自信を持って言いきることのできない何かが、香織の中にはあるようだった。
 彩名は香織に対して、初めて対等な立場になれるのではないかと感じたのが、彼女に控えめな雰囲気を感じた時だった。
 信二と再会してから、彩名の雰囲気が変わったことを、香織は分かっていた。
――やはり、この人は私のことがよく分かっているんだわ――
 と、感じた。
 どうして、彩名の雰囲気が変わったのが分かったのかということを香織に聞いてみたのだが、
「それはね。最近あなたの心の中が綺麗になったのが分かったからよ」
「どうして、分かるの?」
「女の勘というやつね」
 と、最後はごまかされたが、確かにその通りかも知れない。
 ただ、女の勘というのも、相手が男性である場合と女性である場合では若干違っているかも知れない。
 今まで、彩名は「女の勘」というものをあまり信じていなかった。なぜなら、自分には、
――そんな女の勘などというものはないんだ――
 と思っていたからだった。
 香織が曖昧な表現を使う時は、彩名の何かを確信を持って掴んだ時ではないかと思われた。
――何に気付いたのかしら? 信二と再会したと言っても、別に彼氏彼女だったわけではないので、香織にはそれほど大きな問題になるはずのないことなんだけどな――
 と思った。
 香織は普段から余計なことは言わない。口を開くと、意味深なことを皮肉を込めて口にするのが香織だった。少々のことでは、
「人のことなんかに構ってられないわ」
 とでも、言わんばかりの雰囲気だったのだ。
 だが、控えめなところがあるので、まわりには、そんなに高飛車な女性に見られることはなかった。ただ、彩名にはどうしても優位性を相手に取られてしまったように感じることで、どこか、
――お高く留まっている――
 と、思えてならないのだった。
 彩名は、香織のそんな目線を感じる時、
――忘れていた何かを思い出しそうな気がする――
 と思った。
作品名:絶妙のタイミング 作家名:森本晃次