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絶妙のタイミング

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「選んでいいって言っておきながら、結局、最後は考えていたことと違う方に決まってしまうんだから、いい加減なものだ」
 と、親の離婚ということ自体、すでに信二の中では、バカバカしい茶番劇にしか映っていなかったのだろう。
 信二は続けた。
「先輩の話をした時、僕が本当に言いたかったのは、『何かの選択を、期間を区切って迫られたとしても、結論が出るのは、一番最初だ』ということなんだ」
「どういうことなの?」
「つまりは、最初に結論を出さなければ、いくら期限を少々長く区切られたとしても、出てくるわけはないということだよ。最初に思いきらなければ、時間に余裕があればあるほど、余計なことを考えてしまう。結論を出すには、そこまで到達できないんだ」
「じゃあ、最初に決めなければ、堂々巡りを繰り返すということなのね?」
「そう、何事もそうなんだろうけど、最初が肝心で、最初に置いた石の位置で、勝負が決まると言っても過言ではないだろうね」
「それって、囲碁の話?」
「そうだよ、僕は囲碁は分からないけど、囲碁をする人の話を聞いていると、どうもそう言っているとしか思えないふしがある。彩名には、分かるんじゃないかと思って話しているんだけど、どうなんだい?」
「うん、分かる気がするわ。あなたが最初から母親を選んだというのも、私にはよく分かるし、それに対して、裏切られた結果が待っていたのだって、決してあなたが悪いわけではない」
「もちろんそうさ。事情が許さなかっただけだからね。でも、その時に選択を迫られたから、今の僕はあるんだって思う。もし、あのまま両親が離婚することもなく、そのまま平穏に暮らしていれば、どうなったんだろうね」
「でも、それは時間の問題だったんじゃないかしら? お互いに一緒にいられないと思っても、引っかかってくるのは、子供のこと。子供のためにだけ一緒にいるような『仮面夫婦』というのは多いって聞くけど、どれほど気まずい家庭なのかって思うけど、私には想像を絶するものに思えてならないの」
「確かにそういう意味では、ズルズル引きずらなかっただけよかったと思う。もし、そんな気まずいまま、思春期を通り抜けていれば、感受性は失われ、下手をすると、考える力がなくなってしまい、ずっと殻に閉じこもってしまったかも知れないからね」
「感受性が失われるとは思わないけど、自分の殻に閉じこもってしまうのだけは事実だと思うわ。でも、感受性に対して、『失われた』と感じているのなら、それは無意識に殻の中に閉じ込めただけ、何かのきっかけがあれば、いつどこででも発動され、いきなりショッキングなことにぶち当たってしまうかも知れない」
「それは彩名の言う通りかも知れないな。彩名は、僕が中学の時に、君を妹のように感じていたことに気付いていたかい?」
「私は、どちらかというと、信二に対して、劣等感があった。そして、いつも正面から見ることができず、前だけを向いているあなたの横顔だけしか見ることができなかったんだって思っているわ」
「それが、妹として、兄を見る目だったのかも知れないね。そして、それは人それぞれの『顔』を持っている。彩名はその時、きっとそのことには気付いていなかったんじゃないかな?」
 彩名は信二が自分のことを中学時代に好きだったことには気付いていたが、彩名自身、それに答えることはなかった。信二が嫌いだったわけではない。むしろ好きだったと言ってもいい。しかし、本当に好きだったという確証が持てなかった。
――本当はもっと前から好かれていたのかも知れない――
 中学に入った頃から? いや、小学生の頃の、仲良くなった時から? 実はその前からだったのかも知れない。
 そんなことをいろいろ考えていると、彩名が信二を男性として意識し始めたのが、中学二年生の後半だった。
 彩名が異性に興味を持ち始めたのは、本当はもっと前からだったのだが、信二の気持ちに気付いていなかった。
――本当に気付いていなかった?
 もし、その時からお互いに恋愛感情を持ってしまうと、お互いにぎこちなくなってしまうのではないかと彩名は考えた。
 確かに嫌いな相手ではないが、どこまで好きなのかというとハッキリと自分でも分からなかった。
 それは信二との付き合いの長さのわりに、信二のことを漠然としてしか分かっていなかったからだ。
――彼のことを、あれこれ詮索するのは失礼だ――
 という思いが彩名にはあった。
 それは、信二のことを兄のように思っていたからであって、年上の兄のことを妹の自分があれこれ詮索するなど許されないという思いがあったのだ。
 彩名は、信二の気持ちを分かっていて受け入れられなかったのは、中途半端な関係に戸惑っていたからだった。
 その根底にあるものは、
――私は本当に信二の愛を受け入れられる女なのかしら?
 という思いだった。
 大雑把な性格ではあったが、そのあたりはしっかりしていた。特に中途半端な状態では特に慎重になっていた。
――そういえば私は、一万円以上の買い物をする時、結構悩んだりするのは当たり前で、千円未満のものを買うのもさほど悩まない。しかし、千円台の買い物をする時というのは、結構悩んだりする。自分では中途半端な値段だと思っているからだ。喩えがおかしいかも知れないかな?
 と苦笑したが、信二とのことを考えて、中途半端な関係を思い浮かべた時、なぜか買い物をイメージしてしまう彩名だった。
――兄のように慕っている人を、好きになってはいけないのかしら?
 このことを彩名は結構悩んでいた。
 確かに兄として慕っていて、さらにその人が男性として愛を注いでくれるのであれば、こんな嬉しいことはないが、本当にその二つが共存できるのかどうか、彩名には疑問だった。
 もし、共存できるとしても、それを受け入れるだけの器が自分になければ、
「二兎を追うもの一兎も得ず」
 ということわざのように、結局はどちらも失ってしまうことになりかねない。
 そうなれば、せっかくの今まで積み上げてきた二人の関係が崩れてしまい、彩名が彼に持っていた依存心が、自分の中でどれほど大きなものなのかということを知ることになるだろう。
――そんなの知りたくない――
 それを知るということは、別れを迎えるということだからである。
 もし、ここで突然の別れを迎えることになれば、
「完全な別れ」
 が待っていると思っている。
「一ランク下げて、お友達から」
 などというそれこそ中途半端は許されない。お互いに気まずいのは分かりきっていることで、結局最後には気まずいまま、自然消滅が待っているだけに終わってしまうに違いないからだ。
 彩名はそれを嫌った。
――別れが訪れるなら、それなりの納得の上で別れるのがいい――
 二人は、別々の高校に進学した。最後は、確かに自然消滅のような形にはなったが、
――気まずいままの自然消滅ではなかった――
 お互いに自然消滅は仕方がないことだったと、理解してのことだったに違いない。少なくとも、彩名はそうだった。信二がそうであってほしいという願望は、ずっと持っていたのだ。
 彩名は、その時の思いを、
――もし、信二に再会することができれば、きっと話すに違いない――
作品名:絶妙のタイミング 作家名:森本晃次