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絶妙のタイミング

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「最初はそれでもいいんだけど、好きになったら、どんどん相手のことが知りたいって思うでしょう?」
「ええ」
「その時点で、相手にプレッシャーが掛かっているのよ。相手は気付かないかも知れないけど、好きになった方の女性から、見えない強い視線を浴びることになるでしょう? まるで、太陽の紫外線のようなもので、気が付けば、相手の気持ちの中に入っていたりするものなのよ。ただ、入ってしまって抜けられなくなる場合もある。その場合は、相手も意識することになるんだけど、今度は、視線を投げていた人の方が、相手を見つめる目に狂いが生じてくる」
「どういうことなの?」
「相手の中に入りこんでしまった自分の想いが、自分の視線を引き付けることになるの。だから、ひょっとすると、その時点で立場が入れ替わってしまうこともあるということなのよね」
「それは、直線が交差して、一度重なったものが、今度は反対方向に離れて行くような、そんな感じかしら?」
「ええ、それに似ていると思うわ。だから、人を好きになったとして、その気持ちが成就するか、成就しないまでも、自分に納得のいく結論が得られるかどうかというのも、すべては、タイミングの問題だと思うのよね」
「そうですね、確かにタイミングですね。そういう意味で、恋愛感情が交差した時というのは、お互いに分かるものなのかしらね?」
「私は、分からないものだと思うわ。きっと本当に瞬間だと思うの。気が付けば右にいた人が急に見えなくなった。本当は左にいるのにね。そのことに気が付けば、もう一度気持ちをリセットすることで、その二人は、これからもずっとうまく行くと思うの。でも、それに気が付かないと、すれ違ったまま、二度と交わることはない……」
「そういえば、気持ちがすれ違うって言いますものね」
「そうね。でも、一般的に言われている気持ちがすれ違うという感覚は、直線が交わって、そこから離れて行くのと現象は似てるように感じるけど、違うものだって思うの。上から見れば同じことなんだろうけど、横から見ればまったく違う。人を好きになってすぐの時は、相手との高さが合っていないものなのよ。だから相手も自分のことを気にしてくれているとしても、結局交わることがないのは、高低差があるからなのね。それは立場であったり、年齢であったり、年齢に関しては、意識していないつもりでも、直線に描くと、高低差がかなりあると私は思うの。つまり、少なくともどちらかが歩み寄ることをしなければ、年齢差というのは、埋まらないものなのよ」
 何やら難しい話をしていたようで、それでも彩名は納得して聞いたつもりだった。
 しかし、しばらくして自分も他の人を好きになった時、ふいにその話を思い出して、
――どうしてあの時納得できたのかしら?
 と感じたのは、後になって思い出そうとすると、ところどころに辻褄が合っていないことに気付いたからだ。
 好きになった人は二歳年上の先輩だったが、先輩との年齢差は感じなかった。ただ、もし好きになっていなければ、年齢差だけを意識して、
――雲の上の存在――
 と思ったのではないだろうか。
 彩名はその人を好きになったことで、年齢差という垣根を超えたような気がしていたが、実際には、近づきたいという一心が、年齢差という大きな垣根を曇らせたのかも知れない。
 相手の男性を意識する時、線で結ばれた状態を思い浮かべたのは、中学時代に聞こえてきた話が嫌でも思い出されたからだった。その時に、彩名が見つめていた「交差」する瞬間がぼやけていたのだ。
――高低差は絶対に交わることはない――
 それは、年齢で相手には絶対に追いつけるわけがないと思ったからだ。もし追いつけるとすれば、それは、先輩の死を意味していた。
――私はなんてことを想像したのかしら?
 先輩の死を少しでも考えてしまった自分が怖くなり、その瞬間に、それまで見えていた「交差」する瞬間が見えなくなった。
――よかった――
 彩名は、そのことをいいことだと思う以外に、感じることはなかった。その時から、
――男女の関係が見えるなどというのは、おこがましいことだ――
 と、考えるようになった。
 彩名は、自分が中学の時に好きになった男性のことを思い浮かべていた。
 その人は、高校の先輩だったのだが、その人は結構モテる人だった。中学生の、しかもあまり目立たない彩名など、意識するはずもなかった。
 その先輩の話を、信二の口から聞かされた。
「あの人は優柔不断なところがあって、二股を掛けたとか、一度に何人もの女性とお付き合いをしていたなんて噂が絶えなかったんだ」
「……」
 彩名は、その話を聞いて、黙っていた。本当は好きだったのだということを、もう少しで喋ってしまうのを何とか堪えられてよかったと思った。
「でも、その人は、皆が噂するような人じゃなかったんだ。ただ、結論としては、同じ時期に二人の女性と付き合っていたことも事実のようなんだけど、だから、優柔不断だって思うんだけど、本人は『自分に正直なだけだ』と言っていたらしい」
「それで?」
「でも、それって言い訳にしかならないよね。二人を好きになったとしても、本当に好きな相手は二人いないわけだから」
「でも、それって、本当にそうなのかしら? 一度に好きな人が複数いるのって、悪いことなのかしら?」
「いい悪いの問題じゃなく、相手の二人の女性の気持ちを考えた時、どう思うかということよね?」
「相手の二人はどうだったんですか?」
「お互いに遠慮しちゃって、彼から自分の方が別れるって言っていたらしいんだけど、それが本音なわけがないことは、誰も目にも明らかよね。だから、余計に先輩は、板挟みになったみたいで、苦しんでいたようなの」
「それって自業自得ですよね?」
「確かにそうなんだけど、あなたが彼の立場になったらどうかしら? 男の人って、女性の方から好きになられると、自分の気持ちよりも、相手が好きになってくれたから、自分も好きになったと、思ってしまうもののようね。だから、女性から好きになられた男性は、自分に優位性があることを強く意識するのよ」
 男の信二は、男性のことを自業自得だと思ったのに、女性の側の彩名は、彼を庇おうとしている。普通なら逆に思えるが、彩名には分かったような気がした。
――先輩は、女性っぽいところがあるんだわ――
 と感じた。
「結局、どうなったの?」
「二人の女性は、彼の出す答えに従うことになったんだ。彼に一定期間の時間を与えてね」
「それって、厳しい」
「そうだね。この場合、三人が三人とも苦しむことにあるからね。女性二人は、待っていることの苦しさ、男性の方は、選ばなければいけない辛さ。どちらも甲乙つけがたいものかも知れないね」
「そうかしら? あなたなら分かると思うんだけど、どっちが辛いと思う?」
 信二は考え込んだ。そして、少し間を置いてから答えた。
「やっぱり、女性の方がきついかも知れないと思うね。だって、決めるのは自分じゃなく、相手なんでしょう?」
作品名:絶妙のタイミング 作家名:森本晃次