詩集 言の葉のたから箱【紡ぎ詩Ⅴ】
―ママが歓ぶと思って。
イルカの指輪を差し出してくれたあの日の小さな娘のままだ
ありがとう
あのときも そして生まれてから今までもずっと
あなたが私にくれた数々の歓びや感動は私にとって永遠の宝物
どうか健やかで幸せに
これからは一歩離れた場所から
あなたの幸せをずっと祈っているから―
☆
「蜘蛛」
夕飯時
ご飯をつけようと炊飯器の蓋を開けた途端
―あ、危ない!
声を上げそうになった
蜘蛛がポトンと蓋からすべり落ち
ご飯の上に落ちた
炊きあがったばかりのご飯からは
白い湯気が立ち上り
蜘蛛は懸命にもがいている
―助けてくれ。
悲痛な声が聞こえてきそうで
私は彼を咄嗟に助けるすべがないものかと考えた
箸を差し伸べれば
彼が咄嗟に掴まることができるのではないだろうか
結局 蜘蛛を救うことはできず
我が身の無力さに打ちひしがれる
蜘蛛は炊きたてのご飯のあまりの熱さに
一瞬で熱死してしまったのだ
それにしても いつ どこから紛れこんだのか
恐らく私が気づかないだけで
彼は炊飯器の蓋の上をそろそろと這っていたのに違いない
あっと声を上げるまでもない一瞬のことだった
何という生命の儚さ
動かなくなった蜘蛛をしゃもじで掬い上げた
申し訳ない
あなたを救ってあげられなかった
せめて今度生まれ変わるときは
長生きできるようにと祈るくらいしか
私にはできないから
☆「桜よ、永遠に」
今年になってから、近隣で住宅の建て替え風景をよく見かける。今朝もまた近くのスーパーへの買い出しの途中で、新たに家を壊しているのを見かけた。そこは確か昔、内科医院だったように記憶している。幼い頃の朧な記憶では、風邪で受診する友達に付いていった時、興味半分で怖々と覗いた気がする。私自身は受診したことはないけれど、いかにも昔ながらの個人医院といった木造建築で重厚な雰囲気が漂い、病院特有の消毒薬の匂いがした。
丁度、病院の建物に沿ってぐるりと巡った塀越しに、桜の枝が伸びている。塀のすぐ外が道路になっており、結構車や人の通行も多く、通学路にもなっているところから、学区の小中学校、高校の子どもたちもたくさん通る場所だ。私自身も小学生のときにはランドセルを背負い朝夕に通った懐かしい道でもある。
春、桜の時期になれば医院の庭の一隅に植わった桜が満開となり、塀越しに伸びた桜の枝にもたわわに薄紅色の花がついた。風が吹く度に、ひらひらと桜の花びらが風に乗って漂い流れる。道路には桜貝のような可憐な花片がそれこそ隙間なくびっしりと散り敷いて、なかなか風情のある光景となっていた。自分が学生の頃にはあまり桜には関心もなく、ただ学校への行き帰りの道として忙しなく通り過ぎていた場所にすぎなかった。
ところが、歳を経て自分が母親となり我が子が小学生となる頃には、入学式当日、満開の桜の下を子どもと通る度、子どもの成長と共に今を盛りと咲き誇る桜花の美しい風景が記憶に強く焼き付けられた。振り返れば、アルバムの写真には第一子から第四子までどの子の入学式の風景にも、この桜の枝の下―道路でランドセルを背負った子どもの姿が収まっている。不思議なもので、自分の子ども時代にはろくに憶えていないのに、我が子の入学式とその場所の桜は切っても切り離せない想い出となっているのだ。
今日、その旧内科医院が取り壊されているのを初めて知り、軽いショックを受けた。春が来る度、この桜の下を通り満開の桜を眩しく見上げてきたけれど、もう、それもなくなるのだなと淋しくてならない。当然ながら、桜の大樹も跡形もなく綺麗になくなっていた。伐採されてしまったのだろう。
改めて時の流れの無情さが身に迫った。とはいえ、時が流れれば、建物も老朽化する。私が子どもの頃でさえ古式ゆかしい建物であったから、今では尚更古びていたに違いない。その医院がいつ頃、診療を止めたのかも私は知らないのだ。桜が無くなったのは残念だが、日々進化する世の中では致し方ないのだろう。長年、我が家の子どもたちの想い出を彩ってくれた桜に、今はただ心からのお礼を言いたい気分である。
☆「心に咲く花」
二十代
誰かに認めて貰うことを夢見て
ひたすら頑張っていた
三十代
自分なりに生きることを楽しむすべを少しずつ見つけていった
いわゆるアラフォーと呼ばれる世代
本当に自分が何をやりたいのかが漸く判って
全力を注げれるようになる
誰でも心の奥に花を持っている
たった一輪の花を咲かせるために
人は途方もない時間をかけて自分探しの旅を続ける
それでも 一生かかって自分の花を咲かせられる人は幸せだ
自分が何をやりたいのか 何のために生まれてきたのか
その意味を知るのは簡単なようで実は難しい
私が好きな詩の一つに
韓国の「揺れながら咲く花」がある
―どんな花も揺れながら咲いたのだ。
たった一つのフレーズにどれだけの想いが込められていることか
尽きせぬ哀しみ 歓び その他諸々の感情
その人が味わったすべての体験を糧に
心の花はひっそりと咲く
眼を閉じれば 緑濃い森の奥深く
澄んだ小さな湖のほとりで
ひそやかに咲く一輪の白き花が浮かぶ
けして大輪でもなく あでやかでもないけれど
凛として前を向いて咲く花
歩いてゆく これから先の長い道の向こうに
何があるのだろう
今月また一つ歳を重ねた
そして私もいつかは一輪の花を心に持ちたい
たとえ寒風に吹きさらされ揺れていても
自分なりに精一杯咲いた花を
☆「奇跡」
この世はなんて途方もなく広いんだろう
普段はつい忘れがちだけれど
時折ふっと気づく大切なこと
世界にはまだ自分が足を踏み入れたことのない場所が無数にあり
見たことのない美しい風景が星の数ほどもある
なのに 人は日々ささやかな日常の中で起こる小さな出来事に
怒り嘆き我を忘れて
生きていても良いことなんてないと決めつけようとする
人の一生は長いようでも短い
はるか昔の高僧は
―人間が生まれ落ちて死ぬまでは、赤児が眠りながら見る夢のように儚い。
と語った
なるほど 今の環境を嘆いていたとしても
気が付けばもう次の瞬間には
眼前に人生の終わりが迫っているかもしれない
めくるめくように過ぎ去る一生の中で見られるもの触れられるものには
当然ながら限りがある
そんなとき
隣にある本のページを開いてみると良い
綺麗な風景が大写しでひろがる写真集
この世のありとあらゆる絶景と呼ばれる奇跡に
一瞬触れるだけで
心の中の何かが動き出す
まるで神が作り給うたとしか思えないような
空の蒼と雲をそのまま映し出した天空の湖
湖の上に涯なくひろがる煌めく宝石のような星空
魂ごと奇跡の風景に吸い込まれていって
心はきっとどこまでも高く高く飛翔するだろう
世界は広く自分はこんなにも小さな存在だとしても
生命あれば素晴らしい風景を見て心を震わせられるのだと気づくはず
それは尊い宝物を受け取るにも似た体験ではないか
この世に限りなく存在する絶景をたとえ訪れることはできずとも
自分を取り巻く世界のどこかに
信じられないような奇跡の世界があると想像しただけで
そんな世界の片隅にに自分も存在していることもまた一つの小さな奇跡なのだと
作品名:詩集 言の葉のたから箱【紡ぎ詩Ⅴ】 作家名:東 めぐみ