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詩集 言の葉のたから箱【紡ぎ詩Ⅴ】

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☆「蝉の初鳴き」

今年もまた蝉の音(ね)が聞こえ始めた
折しも今日は七夕
織姫星と彦星が一年に一度きり儚い逢瀬を交わす夜だ
その年初めて聞く蝉の鳴き声を〝蝉の初鳴き〟と呼び始めたのは
いつの頃からだったか
定かではないが 
この声を聞くと
―ああ 今年も夏が来たな。
しみじみと思わずにはいられない
これから始まる長く厳しい季節の始まりに
少しの期待とかなりの畏れをを抱(いだ)き
何か不思議と神妙な気持ちになるのだ

蝉の生命は短く
気の遠くなるような長い時間を地中で過ごしながらも
夏の始まりと共に地上に出てからは
二週間というあまりにも呆気ない生(せい)を生きることになる
それでも
蝉たちは生命いっぱいに生への賛歌を高らかに歌い上げる
彼等の真摯にも思える一生を見ていると
人であろうと昆虫であろうと
生きとし生けるものの人生は
生きた年月の長さではなく
生きているあいだ どれだけ真剣に自分の人生に向き合ったかで決まるのだと
自然に教えられる

地上で短い生を満喫するために長く土中で過ごす蝉は
七夕の日 一年に一度逢うために364日待ち続ける恋人たちと
どこか似ている
今年もまた蝉が鳴き始めた
 ―この夏 
      私はどれだけ生命を輝かせられるだろうか―
庭からかすかに響いてくる蝉の初鳴きに耳を傾ける
私だけの夏 熱く燃え上がれ
心の中で祈るような気持ちで唱えながら

☆「ある夏の一日~単位認定試験を終えて~」

やっと終わった
小さな溜息ひとつ
ゆっくりと辿る学習センターから駐車場への道
ツクツクボーシ ツクツクボーシ
愕いたことに
気の早いツクツクボーシがもう鳴き始めていた
鬱蒼と茂る丈高い樹々が林立している駐車場は
自然の雰囲気がそのまま残る
蝉たちには快適な住処に違いない

ツクツクボーシ ツクツクボーシ
蝉たちの声を聞きながら思う
―そういえば立秋も近いんだっけ。
春が来て桜が咲けば またすぐに夏が来て
梅雨がやっと明けたかと思えば今度はツクツクボーシが鳴きだして秋が来る
時のうつろいは逆巻く奔流のように側を流れゆき
私は激しい流れに呑み込まれないようにするのが精一杯
けれど
そんな中でも自分にできることはあるはず
その一念で生きている
ふと振り返った学習センターの白い建物越し
はるか高みには天空を翔る龍にも似た夏雲が浮かんでいる

次の試験を受けるのは来年
その頃には暑さどころか厳寒の冬ただ中で
今歩く道沿いには深紅の山茶花が満開に咲き誇っているに違いない
そのときには またほんの少し成長した自分になれていたら良い
願いながらで
少しばかりの開放感と大きな期待感の入り交じった気持ちで
学習センターを名残惜しい気持ちで後にする

―また私の新しい季節が始まる

☆「虹の向こう側」

雨上がり
雲と雲が織りなす繊細なレースのヴェールの間から
ひと筋の光が地上を照らす
道沿いの樹も洗われたように輝き
瑞々しいエメラルドグリーンの葉の上
水晶の欠片の滴がキラキラと光を弾く
―お、虹だ。
夫の声に顔を上げれば
川沿いの土手を走る車窓越しに虹が見えた
薄青い絵の具を更に薄めたような空
天空高く掛かる七色の橋
車を停めて慌てて外に飛び出した
首が痛くなるほど顔を仰のけてみる
丹精込めて焼き上げた七宝焼きのように彩な橋は
或いは染め職人が時間をかけて染め上げたストールのよう
微妙な色のグラデーション
淡くて夢のように儚い一瞬の空の架け橋に
私はひそかに願いをかける
―この世の生きとし生ける人のすべての幸せを
夢中になってスマホで虹の写真を撮り続ける間に
いつしか幻の橋は消えていた

あの虹の向こうには何があるのだろう
誰にも見ることはできない未来という世界
未来の物語りを作るのは他ならない自分だから
きっと あの虹のように綺麗な未来を思い描けば
描いたとおりの未来がこの先にもひろがってゆくだろう
ひと刹那の美しい夢を見せてくれた自然に感謝しながら
私が戻ると車は再び走り出す
走行する車のフロントガラス越しには
一本の果てしない道が真っすぐに伸びている
蝉の忙しない啼き声が次第に秋虫のすだきに変わりつつある
夏の終わり
気の早い薄紅の秋桜が一輪
鈴虫のすだく土手の草むらで揺れている


☆「笑顔の魔法」

ふと頬に冷たいものが触れ
慌てて見上げた空には幾重ものグレーの雲が帯のように重なっている
―あー、降ってきたか。
呟きながら末娘と傘を携え家を出た
目指すは近くのスーパー
いつもながらの買い出しだ
心配したほどの降りでもなく
雨は直に止んだ
ひらいた傘をたたんで歩いてゆくと
途中の交差点で道路工事をやっていた
交通整理の若い男性が
―どこかにお揃いでお出かけですか?
明るい声で訊ねてくる
突然で愕いたけれど
―いつもの買い物です。
笑って応える
―いってらっしゃい。
―雨の中、大変ですね。ご苦労様です。
お互いに言葉を交わしてすれ違った一瞬
不思議と自宅を出たときの重たい気分が明るくなっていることに気づく
笑顔の挨拶って、こんなに心のリフレッシュに効果があるのかと
今更ながらに気づいた

今度は自分の方から誰かに笑顔で挨拶してみようかしらなどと考える
たとえ 相手が見知らぬ人であったとしても
雨も完全に止んだ九月末の秋空に
雲間からひと筋の光が差し始めている
吹き抜けたひんやりとした風に
かすかにキンモクセイの香りがした


☆「ドルフィン・リング」

ハンドメイドで簡単な指輪を作ろうと思い立ち
ふと思い出した出来事
思い出しただけで切ないような懐かしいような気持ちになり
とても愛おしいものをそっと愛でるように
たくさんの想い出たちを閉じ込めた心の宝箱を開ける

それはもう十数年前
長女がまだ小学校高学年の頃だ
生まれて初めて自宅を離れ宿泊研修を終えて帰った日
少し外しそうに
―これ、お土産。
小さな手のひらに乗せて差し出してくれたのは
可愛らしいイルカの指輪だった
―ママ、こういうキラキラした飾り物が好きだから。
持っていったお小遣いは三千円ほど
そのすべてをはたいて指輪を買ったという
自分の欲しいものも他の家族へのお土産も何一つ買わずに
娘は私が歓ぶだろうと指輪を買ったのだ

今でもあの瞬間を思い出す度に胸が熱くなり
眼が潤んでくるのを止められない
娘が買ってくれたのは華奢なシルバーのイルカが
可愛らしい球を抱えているデザインだった
球はイエローのキャッツアイ
人工とはいえパワーストーンだから それなりの値段はしたのだろう
小学生のお小遣いをはたいてやっと買えるアクセサリーを
娘が買ってくれた
指輪そのものももちろんだけれど
娘のその気持ちが何より嬉しくて尊いものに思えた
どんな想いで何一つ他の物を買わずに指輪を買ったのか
娘の当時の心に想いを馳せるとまた泣けてくる

あれから気の遠くなるような月日が流れ
娘は大学四年生になった
そろそろ社会に出る日が近づいてきた
何かと心配性の母は良い歳をした娘に
―ちゃんと卒業はできるの?
小学生のときと同じようにあれこれと世話を焼いては
―もう、いちいち煩いよ。
と煙たがられている
けれど 私の瞼に映る娘は
今も少しはにかみながら