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第四章 動乱の居城より

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 突然、エルファンがシュアンの手を引き寄せ、よろけた彼の足元を蹴り払った。
「え――?」
 それは、ほんの一瞬のできごとであったに違いない。しかしシュアンは、自分の体が空中を泳ぐのを認識した。
 驚きのあまり、彼の眼球は飛び出さんばかりに膨れ上がり、ぼさぼさ頭に載せられていた制帽は遥か後方へと飛んでいく。
 どさり。
 シュアンの体が床に落ちた。毛足の長い絨毯のおかげで、恐れていたほどの衝撃はなかったが、やはり痛いものは痛い。
 理不尽な扱いに友好の仮面が剥がれ、血走った三白眼がエルファンを探す。その次に彼が見たものは、冷たい銀色の煌めきだった。
「な……!?」
 鋭い唸りを上げ、エルファンの腰から飛び出した二条の光。
 ひとつの刀を雷(いかづち)で双(ふた)つに斬り裂いたかのような双子の刀。
 それらが優美な軌跡を描きながら、閃光の速さでシュアンの喉元めがけて落下する。
 シュアンは目を見開いたまま、身動きを取れない……。
 凍った時間の中で、続けて二度、空気が震えた。
 気づけば、シュアンの喉仏の上で、ふた振りの刀が交差して床に突き刺さっていた。
「伯父様……!?」
 ミンウェイの色を失った声が響く。
「……手を組む? 勘違いするな、青二才。鷹刀の看板は、お前如き下っ端が対等になれるほど軽くはない……」
「……っ」
 氷の眼差しがシュアンの喉を凍りつかせ、声が封じられる。大きく見開いた目の中の、目玉だけを動かして、彼はエルファンを見上げた。
 エルファンは「ふん」と言うと、シュアンに握られた手の穢れを祓うかのように服で拭った。
 シュアンの首筋と、左の耳たぶの薄皮が一枚、風圧によって斬り裂かれていた。
『神速の双刀使い』――加齢により、その呼び名は息子たちに譲ったエルファンだったが、今なお、その神業は健在だった。
「だが……。お前というカードは使えるかもしれない」
 シュアンに落とされていた蔑みの視線に、魅惑の微笑が混じる。
 やられた、とシュアンは思った。
 エルファンは端からシュアンと手を組む気でいた。その上で、どちらが主導権を握るかの駆け引きを仕掛けてきていたのだ。
「それはそれは……。ありがたいね。てっきり嫌われたかと思ったぜ」
 せめてもの減らず口。
「個人の好悪を優先するような幼稚な感情を、私は持ち合わせていない。利益があると思えば、お前のような者でも使う」
 シュアンの神経を逆なでするようなことを、エルファンは平然と口に載せる。
「……あんたみたいな相手だと、俺もやりやすいね」
 わずかにでも動けば、白銀の刃が皮膚を斬り裂く状況で、シュアンは笑った。予定とはかなり違うが、鷹刀一族とのパイプができたことを実感していた。
 エルファンが、ゆっくりと近づいてきて、シュアンの顔に影を落とした。
「とりあえず、お前に役に立ってもらおうか」
 渋く魅惑的な声が響き、ふた振りの刀は銀色の軌道をくるりと描いて、ひとつの鞘に戻っていった。


作品名:第四章 動乱の居城より 作家名:NaN