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第四章 動乱の居城より

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「それを防ぐための、あの男たちです。彼らは『警察隊』ですから、あなたから僕を守らざるを得ません」
 常人なら耐えられぬほどのエルファンの凍れる眼差しを、ハオリュウは受けて立った。まだ華奢なはずの少年の撫で肩は、上質なスーツの鎧で双肩を固く覆われていた。
 ――ああ、これは父が欲しがるタイプの人間だ。
 長年、総帥である父イーレオを近くで見てきたエルファンには分かる。
 この先、父が藤咲家とどう関わるつもりなのか知らないが、とりあえず信頼関係を築いておいたほうが良さそうだ。そう、判断を下す。
「分かった。では、お前の提案に乗ってやろう」
 エルファンの態度の急変に狼狽しながらも、ハオリュウの瞳が喜色に輝いた。それを確認してから、エルファンは懐から極めつけの切り札を出した。


 不意に、リュイセンの携帯端末が鳴った。
 こんなときに誰だよ、とリュイセンは悪態をつきながら、発信元も確認さずに、それを耳元に当てた。そして、相手の声を耳にして顔色を変える。「おい」と、祖父や父とそっくりな、低くて魅惑的な声を響かせた。
「なんだよ?」
 ルイフォンが不審の声を上げるが、リュイセンは首を横に振る。
「お前じゃない、そっちの――お前だ」
 メイシアのことらしい。彼女に対する態度を決め兼ねているリュイセンは、彼女のことをどう呼べばよいのか決めあぐねているらしい。
「お前に電話だ」
 そう言って、リュイセンがメイシアに携帯端末を手渡すと、困惑顔で受け取った彼女の耳を『姉様……!』という声が出迎えた。
 低くなり始めたハスキーボイス。まだ大人になりきれていない、高さの残る音色。
「ハオリュウ? 本当に、ハオリュウなの?」
 メイシアの鼓膜に響いてきた声は、紛れもなく異母弟のものだった。
 携帯端末を握る手が震える。言いたい言葉はいくらでもあるのに、胸がつかえてしまう。こぼれるのは嗚咽ばかりで、それがとても、もどかしい。
『姉様! 姉様……無事で……!』
 真っ直ぐな少年の声が、必死にメイシアに手を伸ばしてくる。音で繋がっているだけの、触れられない距離を埋めようとでもするように、抱きしめるように、すがるように、ただがむしゃらに声を張り上げていた。
「私は大丈夫よ」
『で、でも、姉様は、あの……っ!』
 ハオリュウが言いにくそうに口籠る。その理由を察して、メイシアは顔を真っ赤にさせた。だがそれは、電話口の向こうのハオリュウには異母姉が押し黙ってしまったように感じられたらしい。彼は慌てて取り繕うように叫んだ。
『もう姉様には二度と怖い思いはさせない! 僕が必ず守るから!』
「ち、違うの。あのね、鷹刀の人はね……」
 なんと言えばよいのか分からず、また猥雑なことを口にするのは性格上、決してできず、メイシアは携帯端末を手にしたまま、当てもなくきょろきょろと視線を動かした。そんな可愛らしく狼狽(うろた)えるさまに、隣のルイフォンは新鮮さを覚えていた。
 そういえば、敬語以外の彼女の言葉を初めて聞いた気がする。これが異母姉弟の仲なのか――とルイフォンは思い……自然に体が動いた。
 不意に、メイシアの手から携帯端末が消えた。
「えっ?」と思った彼女は、視線を上げた先で、憮然としたルイフォンが異母弟に話しかけている姿を目にすることになる。
「お前の異母姉は、総帥の愛人ということになっている。けど、親父はもう女遊びができる年でもない。かといって、総帥の女を手籠めにするような馬鹿はいない。――つまり、誰もこいつに手を出してない。貴族(シャトーア)のくせに下種な心配をするな」
 毛羽立つテノールを耳にしたハオリュウもまた、不快げに声を荒立てた。
『お前は誰だ? 姉様に向かって『こいつ』などと……!』
「鷹刀ルイフォン。そこにいるエルファンの異母弟だ。もういいだろ。エルファンに替わってくれ」
 ルイフォンはそう言い放ち、猫のように細い目で見えない相手を睨みつけた。
 隣で、リュイセンが呆れ果てたような溜め息をく。その際、自分に何か非があったのではないかと、おどおどと不安げな顔をしているメイシアと目が合ってしまった。その小動物的な様子に、良い感情を抱いていない相手ながらも、同情の念を禁じ得なかった。
『ルイフォン? 電話を替わった。エルファンだ。私はこれから、この小僧と共に屋敷に入る。そっちはまだ遠いのか?』
 口調に気をつけて聞かないと、イーレオ、エルファン、リュイセンのうちの誰なのか、判別できないほどに酷似した低音が響く。
「じきに着くと思う」
『分かった。屋敷内のことで分かっている情報は?』
「ああ、すまん。門にカメラを切り替えたから、現状は把握していない。最後に見たときは、執務室で親父が世間話をしていて、応接室でミンウェイが狂犬を持て余していた」
『まったく、ミンウェイは……。適当に口約束をして利用しておけばよいものを、あの子は律儀だな。その上、身の上話までされたらたまらない……ふむ、分かった』
 そう言って、エルファンは話は終わったとばかりに電話を切ろうとしたので、耳をそばだてて聞いていた彼の息子リュイセンが待ったをかけた。
「祖父上に関しては何もおっしゃらないんですか? お茶まで出して談笑しているんですよ?」
 正確にいえば、笑っているのは総帥イーレオだけで、相手の指揮官は顔をひきつらせつつ、そわそわしていた。彼らは知らなかったが、指揮官は『八百屋』が来たという連絡がなかなか来ないので焦れていたのである。
 ルイフォンは、音声がリュイセンにも聞こえるよう、携帯端末のスピーカーを彼に向けると、エルファンの淡々とした声が聞こえてきた。
『父上は待っているだけだろう?』
「は? 何を待っているんですか?」
 そんなことも分からないのかと言わんばかりの物言いに、リュイセンは苛立ちを隠せない。
『そこの貴族(シャトーア)の娘が、父上に『なんとかしてみせます』と言ったんだろう? だから、それを信じて帰りを待っている』

 ――信じて帰りを待っている。

 低く魅惑的な声。
 メイシアの心に、大きく波が打ち寄せた。
 エルファンは単に状況を分析しただけに過ぎない。だが、彼女の耳には、同じ声質を持った、大海のような度量の男の声に聞こえた。温かな言葉の波が回り込み、ゆったりと彼女を包み込む。
『それだけだ。ともかく、お前たちも早く帰ってこい』

 ――それだけだ。
 ――早く帰ってこい。


作品名:第四章 動乱の居城より 作家名:NaN