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第四章 動乱の居城より

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 男たちが連絡を取ろうとしている人物は、おそらくこの騒動を指揮している者。そして少年が会いに行くと言っているのは総帥イーレオ。どちらも執務室にいて、エルファンは執務室の場所を知っている。ならば、案内すると言えば、すんなり門を通してもらえるのではないだろうか。――無論、本当に案内などはせずに、そのへんの部屋に閉じ込めておくつもりだが……。
 エルファンは身を潜めていた車の影から、すっと姿を現した。
 鷹刀一族の直系らしい、すらりとした長身、黄金率の美貌。壮年の渋さと色気を備えた堂々たる歩みに、腰に佩(は)いた双刀が呼応して揺れる。
「一週間ぶりに帰ってみれば……一体どういうことだ?」
 エルファンは低い声を響かせた。
 男たちの喚きが、ぴたりと止まった。
 その場にいた者は、一斉に声の主に注目し……男たちは硬直した。
「た、鷹刀……エルファン……!」
「警察隊に名を知られているとは……。こんな稼業とはいえ、私自身は清廉潔白に生きているつもりなのだが?」
 男たちの背を、本能的な恐怖が這い上がっていく。父イーレオと同系統の蠱惑的な声質でありながら、父はすべてを惹きつける引力を持ち、彼はあらゆるものを撥ね除ける斥力を持つ。その違いは、ただひとつの差――『遊び心』の有無だ。イーレオが同じ台詞を言ったとしたら、まったく別の印象を与えたであろう。
 エルファンは車の林をゆっくりと抜けていく。乱雑に止められた車の間を無造作に進むように見せかけながら、できるだけ貴族(シャトーア)の少年の背後に回るよう、道を選んでいた。
 男たちの懐が不自然に膨らんでいるのは拳銃を持っているからだ。いくらエルファンでも、素人の百の弾丸を愛刀だけですべて避けきるのは難しい。だが、貴族(シャトーア)を盾にしておけば、警察隊を装っている彼らはエルファンに手出しできない。
「鷹刀……?」
 少年もまた振り返り、高い声を漏らした。彼はエルファンを見た瞬間、凶賊(ダリジィン)という凶悪な存在らしからぬ容貌に息を呑み、困惑の表情を浮かべる。――お馴染みの反応に、エルファンは「そうだ」と低く返した。
「私は鷹刀エルファン。鷹刀一族総帥の長子で次期総帥だ。それより、お前は何者だ?」
 エルファンの双眸が少年を捕らえる。少年の護衛が慌てて主人をエルファンから隠すが、彼らには武術の心得はあっても暴力の心構えはない。同僚が凶賊(ダリジィン)に、あっけなく殺されたばかりということもあり、自然に身が固くなっていた。
 そんな護衛たちを押しのけ、ハオリュウはエルファンの前に歩み出た。
「僕は、藤咲ハオリュウ。貴族(シャトーア)の藤咲家当主の長男。次期当主です」
 少年――ハオリュウは、臆することなくエルファンを見返した。しかも、意図してのことが否か、それとなくエルファンの名乗りをなぞっている。
 顔の造作的には十人並みの、どこにでもいるような少年だった。だがエルファンは初対面の、それも子供に正面から視線を返されたのは初めてだった。たいていの人間は、一度はエルファンの美貌に見とれるものの、すぐさまその氷の眼差しに恐怖を感じ、凍えて動けなくなる前にと目線をそらすのである。
 凶賊(ダリジィン)相手に揺るぎがないのは、権力に守られた貴族(シャトーア)の子供の無鉄砲な行動力ゆえか。父イーレオであれば、ひと目で気に入るのであろうが、あいにくエルファンは無謀な賭けに出る輩に乾いた賞賛は与えても、評価はしない主義であった。
「貴族(シャトーア)が、なんの用だ?」
 事情は知っている。しかし、エルファンは彼の言動として不自然がないように、凄みをきかせて問いかける。
「僕の異母姉があなたの父君のところにいるので、迎えに来ました」
 ハオリュウの返答に、エルファンは眉を寄せた。それは不審を表す演技をしようと思ってのことだったが、安易な『誘拐』という言葉を使わぬハオリュウへの疑念でもあった。まるで鷹刀一族の名誉を傷つけぬように、との配慮に取れたのだ。
「それは本当か?」
「はい」
「つまり、この騒ぎは、お前が異母姉を取り返すために起こしたものということだな?」
 エルファンが、顎でハオリュウの背後の警察隊を示す。
 ハオリュウは「いえ……」と、言いかけて首を振った。
「そんなところです」
 そう答えて、ハオリュウはエルファンの顔をじっと見詰め、それから頭から足先まで全身に視線を走らせた。
 客観的には、立派な体躯の凶賊(ダリジィン)に子供がおどおどと脅えているように見えただろう。だが、エルファンにはその目線の意味が理解できた。
 ――『値踏み』だ。
 偶然出くわした、鷹刀一族の総帥に最も近い男に対して、どういう態度を取るべきかを――どう利用するべきかを、冷静に計算している。
 エルファンは溜め息をついた。
 まさか、子供相手に腹を探る羽目になるとは思わなかった。先ほど車で送らせたの取調官のほうが、数千倍も御しやすかった。
「エルファンさん」
 ハオリュウの目線がエルファンの顔で止まり、ハスキーボイスが放たれた。何かを決意したような、迂闊に触れれば斬られるような研ぎ澄まされた目をしていた。
「ふたりきりで、お話したいことがあります。よろしいでしょうか」
「なんだ?」
「凶賊(ダリジィン)のあなたは、警察隊がそばにいては心を開いてくださらないでしょう。僕の車へ――防音されています」
 そう言って、フロントガラスが蜘蛛の巣状になった高級車を示す。
「ハオリュウ様! 危険です!」
 ハオリュウの護衛が顔色を変えた。
「大丈夫だ。もし僕に何かあったとしても、これだけの警察隊に囲まれていれば、彼は逃げ切ることができない。だから、彼は僕に手を出せない。――そうですよね?」
 ハオリュウはエルファンに目をやり、彼が頷いたのを確認すると、今度は男たちに顔を向ける。いきなり、話を振られた男たちは慌てふためくが、彼らには肯定するという選択肢しか与えられていなかった。


作品名:第四章 動乱の居城より 作家名:NaN