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川はきらめく

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ひとときのやすらぎ(二)

      
 施設の玄関を入ってすぐ横にある事務室で、三枝奈美はパソコンを打っていた。もうすぐ昼休み、今日は天気がいいので、弁当を買いがてら近くの公園で食べるつもりだった。
 その昼休み、やはり外での食事は正解だった。心地よい風を受けながら、目の前を流れる川に、奈美はふと去年の自分を重ねた。
 あの時、車窓から見た見知らぬ川は自分を奈落の底へ引き込んでいくかのように思えた。実際、一時は目まぐるしい渦に巻き込まれたが、一年がたった今、奈美は穏やかな流れへとたどり着いていた。
 
   * * * * * * * *
 
 故郷へ帰ってまもなく、植物状態だった父の友人は息を引き取った。そのため高額な医療費の負担はなくなった。皮肉にもそれでどうにか返済の目途が立ち、残された友人の妻と奈美の父、兄、そして奈美も加わり、返済の日々が続いた。
 ところがひと月もたたないうちに、今度は父が倒れ亡くなってしまった。心労と無理が祟ったのは誰の目にも明らかだった。
 一同は悲しみにくれたが、その父の保険金のおかげで借金はほぼ完済された。そして、残りは友人の妻と奈美の兄で返していくことになった。奈美は東京へ戻っていいと言われたが、父を亡くし寂しげな母を残していくのは気が引けた。
 そんな奈美の背中を押したのは兄嫁だった。母には自分がついているからという言葉に甘え、奈美は再び上京することにした。長いこと故郷を離れていた奈美にとって、ここはもう自分の居場所ではない気がしたからだった。
 
   * * * * * * * *
 
 昼休みを終え、事務室に戻ると来客があると伝えられた。来客室のドアを開けると、そこには思いがけない人物が奈美を待っていた。思わず声を上げてしまいそうになるくらい奈美は驚いた。
「しばらくだね、元気だった?」
 そこにいた人物――それは海外にいるはずの坂井亮太だった。奈美の昼休みは終わっていたため、
「君を探すために一時帰国をした」
とだけ言うと、今夜会う約束をして亮太は帰って行った。
 
 その日の午後、奈美は仕事が手に付かなかった。三時の休憩になると、奈美は五階のロビーへ向かった。そこへ行けばいつも健吉がいるからだ。
「春田さん……」
 ここへ就職してから、奈美は何かと健吉に相談するようになっていた。健吉には心を許して話をしたくなる、そんな人を引き付けるところがあったからだ。
 健吉は静かに奈美の話に耳を傾け、そして微笑んだ。
「川の流れに任せてみたらどうかな。何も恐れることはないさ。きっと緩やかな流れがあなたを心地よい場所へ運んで行ってくれる、そんな気がするな」
 
 その日奈美が仕事を終え、施設を出ると、ひとりの男性が近づいてきた。亮太が玄関わきで待っていたのだ。
 ふたりはその足で川べりを歩き始めた。
「約束の時間まで待ちきれなくて来ちゃった」
 亮太は笑って言った。
「突然、あんなメールひとつで僕の前から姿を消すなんてひどいじゃないか。家庭の事情なんて言い訳で、実は僕のことが嫌なのかとも思ったよ。
 でも、どうしてもそれを確認せずにはいられなくて、君の会社へ行ってみたんだ。そうしたら本当に故郷へ帰ったことがわかって、すぐに後を追いたかったけど、あの時は赴任の準備で時間がなくて。しかたなく日本を後にしたんだけど、落ち着いたら戻って君を探そうと決めていたんだよ。君の口からはっきり断られるまでは諦める訳にはいかないからね」
 黙ってただ亮太の話を聞いている奈美。二人の間には静かな時間が流れていた。
「そしてやっと休みが取れて先週帰国し、すぐに君の故郷を訪ねた。そしてお兄さんに会って話を聞いたんだ」
 奈美は一瞬驚いて顔を向けた。
「ごめん、悪かったかな。でも、お兄さんには友人とだけ言っておいたから」
(そんなすぐにわかるような嘘を…… 兄は何も聞いてこなかったがどう思っただろう?)
「奈美さん、はっきり気持ちを聞かせてくれないか? 僕はそれを聞くために日本に帰ってきたのだから」
 
 
 数日後、抜けるような青空に向かって一機の飛行機が飛び立つのを奈美は空港のデッキで見送っていた。
 超遠距離恋愛の始まり。ふたりは、数年後の亮太の帰国まで結婚を前提に交際することになった。
(春田さんの言う通りだったわ。ありがとう、春田さん)
  
作品名:川はきらめく 作家名:鏡湖