川はきらめく
次の日曜日、爽やかな風に吹かれて、奈美と亮太は柴又の土手を並んで歩いていた。ユニフォーム姿の少年たちの元気な声が遠くで響いている。いい大人が選ぶデートコースとは言い難いが、奈美の暮らしている町の近くで会いたいと言い出したのは亮太だった。
その日、亮太から聞いた話は、次のような事だった。
―偶然奈美に出会うことが重なって運命を感じた事
―声をかけたかったが、近く海外赴任の辞令が出ることになっていたので、迷ってしまった事
―そしてとうとうその辞令が出たが、それでもどうしても奈美に気持ちを伝えたかった事
奈美はどう答えればいいかわからなかった。
(どんな人かもわからないこの人に付いて、私は外国まで行くというのだろうか?)
ひとりアパートに帰って湯船に浸かりながら、それもいいかな、と奈美は思い始めていた。
どちらにしても今の会社での勤務は保障されていない。といって田舎に帰っても確かな当てもなく、待ってくれている人がいるわけでもない。
それに何と言っても、自分も亮太の事は前から気になっていた。なのに、急に偶然が続くようになったことを自分はストーカーではと疑い、それとはまったく逆に亮太は運命ととらえていた。自分はなんて愚かだったのだろう。
でも、お互いに感じるものがあったことは間違いない。こうやって人は出会い、結婚するのかもしれない。
次に会う時に返事をする約束になっていた。奈美は亮太と真剣に付き合ってみようと思った。それが亮太の言う運命なのかもしれないと思えたから。
いろいろと先のビジョンを思い描き始めた矢先、実家の母から突然電話がかかってきた。すぐに来てほしいと。嫌な予感がした。電話でいいからとにかく事情を聞きたいと言う奈美に、母は電話口で泣きながら訴え始めた。
父が、古くからの友人の連帯保証人になっていたのだが、その友人が倒れて植物状態になってしまった。友人の妻は看病のため、夫婦ふたりでやっている仕事ができず、医療費もかさみ、倒産。負債は連帯保証人である父のもとに……
奈美の耳には、途中から母の言葉がただの意味を持たない音に変わっていった。要するに大変な事態に巻き込まれている、それだけわかれば十分だ。兄はどうするつもりだろう? 子供たちを抱えて今頃兄嫁は何を考えているだろう? そして私はこれから……
奈美は故郷へ向かう列車の窓からぼんやり外を眺めていた。
会社には一身上の理由ということで辞表を出した。人を整理したかった上司はごく自然にそれを受け取り、通り一遍のねぎらいの言葉をかけた。
亮太には家庭の事情で故郷へ帰ることになり、この前の話は辞退する旨メールを送った。そして、返事を読むのが怖くてすぐに携帯を解約した。
車窓の外には見慣れない大きな川が流れている。
(この川の先には何があるのだろう? 私はどこへ流されていくのだろう?)
奈美は、限りなく広がる不安の渦の中に吸い込まれていくような気がした。