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ドロップス・レイン

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「……長靴を履いてくれたり傘をひっくり返してくれたりしても、マサちゃんは慰めてくれたりはしないんだよね」
 千紗は顔を隠すように傘を傾けるが、骨がひっくり返った傘ではうまくいかない。
「俺は優しくないからな」
「違うよぉ。優しいからだよ」
 千紗の目尻から、小さな輝きが細い尾を引きながら、あとからあとから落ちてくる。
「ふん。ちっとは周りを見ろよ。……お前は一人じゃないから、さ」
 将行はふと思い出してポケットをまさぐった。人差し指の先がお目当ての固い感触を探し当てる。
「神様じゃなくて、俺様からだ」
 将行はそれをやすやすと千紗の傘に乗せた。千紗は傘をそっと下ろし、それが何かを確かめた。
「目を覚ませよ」
 白地に水色のストライプの包装。〈眠気スッキリ〉と書かれたそれは、将行が勉強中によく舐めている飴だ。
「……ありがとう」
 千紗は小さく微笑んだ。
「ごめんね。心配かけて……」
「ふん」
 将行が顔を背けようとしたとき、ふいに千紗の体が煙のように消えた。
「え……?」
 呆然とする将行の前に、おばさんのガーデニングシューズと骨が反対側にひっくり返った赤い花柄の傘。ぽつんと残されたそれらは何も語らない。
「……幻……?」
 やがて雲間から光が差し、雨は止んだ。


 三日前、自宅の風呂場で千紗は手首を切った。
 学校には風邪で通しているが、夜中、救急車のサイレンに起こされた将行はそれを知っている。大騒ぎしたものの、たいした傷ではなかった。しかし家に戻ってきた千紗は、虚ろな瞳のまま。起きているのか寝ているのか分からない状態だった。


 憂鬱だったテスト期間が終わった。結果は散々だろうが、とりあえず解放された。追試が確定するまでの、つかの間の休息だ。
 将行は自室に寝ころがり、ぼんやりと天井を見ていた。撮りためていたビデオを見るつもりだったのだが、どうにも気分が乗らなかった。
「将行!」
 窓の外から声がした。
 将行は弾かれたように飛び起き、力任せにガラス戸を開け放つ。
 そこに、千紗がいた。
 通りに面した門から将行を見上げ、大きく手を振っていた。綺麗に切りそろえられた黒髪が、肩口で飛び跳ねるように踊っていた。
 玄関に向かって走りながら、将行は千紗にかける言葉を考える。
 よう? おかえり? 一緒に追試、受けようぜ……?
 扉を開き、心なしか緊張した面持ちの千紗を目にした瞬間、急に目頭が熱くなった。
 しまった、と思ったときには遅かった。
 目を丸くした千紗が、こちらを見つめている。
「……神様の飴――――」
 千紗が小さく呟いた。
「――――見つけた……」
 そう言ってから、千紗は将行の顔の赤さに気づいたのか、取り繕うように慌てて続けた。
「俺様の飴、だっけ……?」
 おどけた言葉とは裏腹に、声が震えていた。千紗の瞳からもまた、神様の飴がぽろりぽろりとこぼれ落ちていた。
「おうよ! 俺様の飴だ! 神様の飴なんぞより、よっぽど高価だぞ!」
 そっぽを向きながら将行は言った。
 右の耳たぶに届いた息遣いから、千紗の破顔が伝わってくる。
 将行は乱暴に顔を拭うと、千紗の元へと駆けていった。


 眩しい陽の光に、地に落ちた雨粒たちは蒸発し、澄み渡った青空へと還っていく――。
作品名:ドロップス・レイン 作家名:NaN