そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編
「どうした一之瀬!」
悲鳴とばたばたという足音を聞いてか、客間から瑞らが飛び出してくる。
「血っ…!」
恐怖でそれしか言えない郁を、どうにか落ち着けようとする瑞に肩を叩かれる。
「息吸って。何があったんだ」
「はあ、はあ…っ、天井から、血が…おちてきて…床に、血が…」
薄闇の中、瑞らが息を呑む気配が伝わった。颯馬がゆっくり近づいてきて、郁の頬に手をやる。ぬるりとした感触に、郁は全身が粟立つのを感じた。
「…ほんとに血だ」
「いやっ!」
「郁ちゃん大丈夫だから。どこも怪我してないよね」
颯馬がいつものように優しい口調で尋ねてくる。
「うん…あたしの血じゃない…」
「よかった」
「誰かいたの…あの部屋に…それで声をかけたら…血が…天井から…」
見てくるよ、と伊吹と瑞が走っていく。郁はへなへなとその場に座り込み、大きく息を吐いた。
「郁ちゃん」
温かなおしぼりを持って、再び志帆がやってくる。優しく頬をぬぐってくれ、郁はようやくホッとした。
「ありがとう…」
「ねー志帆ちゃん、いままでこういう不可思議なことってあった?」
颯馬の問いかけに、志帆は首を振る。
「血だなんて、そんなの初めてです」
活性化している。颯馬がそう呟くのが聞こえた。
やがて戻ってきた瑞と伊吹は、血の跡などなかったとそう報告したのだった。部屋の中が無人であったことも。しかし郁の頬に血がついていたことは事実だ。一体あれは何だったのだろう。震える郁に、颯馬が優しく笑う。
「風呂わかしてくるね。不浄を全部流してくるといいよ」
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作品名:そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編 作家名:ひなた眞白