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ひなた眞白
ひなた眞白
novelistID. 49014
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そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編

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熱い湯船に身を沈めると、ようやく気持ちも落ち着いてきた。緊張がほどけ、ため息がこぼれる。ヒノキの匂いのする浴槽は大きく、手足をうんと伸ばしてくつろげる。

「郁ちゃん、平気?」
「うん、落ち着いた。ごめんね、怖がらせちゃって」

気遣うようなまなざしの志帆に、郁は申し訳なくなる。つらいのも恐ろしいのも、志帆のほうがよほど大きいのだ。あたしがしょげてちゃだめだ、と郁は頬を叩く。

「あの血って…誰の血だったのかな…」

天井に死体があるわけもないので、あれも怪現象のひとつなのだろう。

「郁ちゃん、いいよ無理して思い出さないで」
「平気だよ。この家は新築だから、なんの瑕疵もないって志帆ちゃん言ったよね」
「うん…」
「でも…血が流された記憶があるんだって、颯馬くんが言ってた。家じゃなくて、一族の歴史の中に」

志帆は黙り込み、思案するような表情を見せる。郁はその表情を見ながら、冷静になった頭で考える。

(それってたぶん…長男が死んできたっていう歴史とは別のものなような気がする。伊吹先輩が見た血まみれの女の人と、何か関係があるのかな…)

代々の当主とは別に、死んだ女がいるのだろうか…。

「郁ちゃん、前髪切らないの?」

髪を洗っていると、志帆に聞かれた。前髪はずいぶん伸びたが、耳にかけられるほどの長さはなく、横に流してはいるが、かなり鬱陶しいのだ。

「これね。前に須丸くんが切ってくれたの」

あれは夏のこと。まだはっきりとした恋ごころを自覚するまえのことだったと思う。

「だから、自分じゃもういじれなくて。美容院に行くのも、なんかね」
「そうなんだ…」

また切ってほしいと言えば、彼は嫌がることなく快諾してくれるだろう。しかし、彼を好きないま、そんなことを軽々しく頼めない郁なのだ。あれは今思えば、ものすごく特別なできごとだったと思うから。