そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編
瑞はわけがわからなかった。血と怨嗟にまみれた鬼に、伊吹が一歩一歩近づいていく。
「先輩!」
「いいから!」
振り向かずに伊吹が鋭く言い放つ。いいからまかせておけとでもいいたいのか?鉈を持った鬼を前に。何十人という人間を恨みの念だけで殺しつくしてきた女を前に。
しかし伊吹に言われれば、なぜか瑞は逆らうことができない。金縛りの様に、動くことができないのだ。さらに強烈な鬼の気配が、瑞の意識を覆い尽くしてくる。死霊の気配、思いが、意識をひきちぎろうとするかのようだ。
「颯馬…!」
「だめだ…なんか、頭われそう…」
颯馬も同じようだ。神聖な守護を持つ彼に、この血と恨みの念は猛毒なのだ。誰も動けない。伊吹を除いて。
「先輩…」
伊吹はゆらめく鬼に近づくと、静かに言葉を紡ぐ。
「…こどもを生みたかったんだな」
女が伊吹の目を覗き込んでいる。真っ赤に充血した目。焼けただれた顔。
「必ず償わせる。あなたと、あなたの子を弔い、幸福な場所へその魂を連れていくと約束する」
伊吹は、鬼女の様子にひるむことなく、ただ静かに、まるで詩を朗読するかのような落ち着いた声で、ただ紡ぐ。
(あの夢で彼女に深く同調している…気持ちが入りすぎているんだ…!)
ヒトガタを作られた時点で、伊吹はこの鬼との間に通路を作られたのだ。強制的に。通い路ができた。意思も感情も、通じ合うように。
作品名:そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編 作家名:ひなた眞白