そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編
閉じ込められた。潤子に憑依した女は、包丁を片手にユラユラと迫ってくる。自分を殺した一族を皆殺しにするために。さきほどまでの静寂が嘘のように、いまは身体中で禍々しい気配を感じることができる。
潤子の優しい微笑みの下に隠れていた、憎悪をまとった感情の塊。それは死してなお意思を持ち、生者を操り、憎しみのままに彷徨い続けるもの。
「どうして潤子さんが!?」
泣きながら廊下を駆ける志帆が言う。
「推測だけど、潤子さんは、あの死んだ女と血のつながりがあるのでは?代々ここに仕え呪いの代行を行えたのも、死んだ女に同調しやすかったからだと思う」
冷静な声だが、瑞も焦っているのが伝わる。伊吹は、いよいよ事態が緊迫しているのを感じ、夢の中の瑞の警告を思い出す。
「ごめんなさい、ごめんなさいいい!!ゆるしてええ!!」
須美子はもつれそうになる足を懸命に動かしながら走っている。それは先ほどの態度とは正反対の姿だった。恐怖に歪んだ顔、ほとばしる絶叫に混じる懇願。
「須丸、どうするんだ」
「志帆さんたちを隠します!凶器を取り上げないと全員死ぬ!」
どの部屋の扉も、塗り固められてしまったかのように開かない。
「一之瀬は、志帆さんたちとここに入ってろ。二人を頼んだぞ!」
開いている客間に跳びこみ、瑞は開け放った押し入れに、郁と志帆と須美子を隠す。
「須丸くん!」
郁が瑞の腕を掴んで涙を浮かべている。恐怖に震えるその肩を、瑞が強く叩くのが見えた。
「大丈夫、絶対に切り抜ける」
そう言って女性陣を隠し、瑞は伊吹と颯馬に向き直る。
「…じゃ、俺たちはがんばろっか」
ちょっと、と颯馬が苦笑いを浮かべる。
作品名:そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編 作家名:ひなた眞白