そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編
用意されていたはずの颯馬のヒトガタは、粉々だったのだ。よほど強い守護を持っているのだろう。天狗だかあの強面のじいちゃんの念だかが、粉砕したに違いない。笑っていいのか怖がったほうがいいのかわからない。
「…先輩は、あの洞窟に入るつもり?」
トンボが鼻先をかすめて飛んでいく。アキアカネだろうか。瑞は唐突に尋ねたあと、指をたててトンボをとまらせようとフラフラ動かしている。
洞窟。颯馬に教えられた、過去も罪もすべてをうつす水鏡のある、沓薙四柱の懐のことだ。
「入るよ」
そうなるように、たぶん導かれているのだと思う。入るまいと思っていても、入らなければいけないような気持ちに、状況になっていくのだとわかる。夢のなかの瑞が昨夜現実に現れたように、少しずつ、そのように運命が操作されている感覚。
「おまえが京都から来たことも…先輩後輩になったことも…颯馬に出会って少しずつ記憶が紐解かれていくことも、全部仕組まれていると思うんだ。洞窟に入ってすべてを知ることも、その中にきっと組み込まれているんだ」
それが正解のルートなのか、それとも間違いなのかは判別できないけれど。
「誰が仕組むっていうんです?」
瑞が言う。長いひとさしゆびの上で静かに休むトンボを見つめながら。
「おまえだよ須丸」
「……」
「おまえが望んでるからだろ、きっと。そうなるように、導いているんだ、俺や周りを」
だから魂が巡るのだ。何度でも出会おうとあがくのだ。離れまいともがいているのだ。
この、須丸瑞という人間の持つ魂が、伊吹にそのような選択を強いている。颯馬は言った。瑞は特別な魂の持ち主なのだと。神様に近い何かをやっていた時代があると。
作品名:そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編 作家名:ひなた眞白