そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編
不気味だった、ずっと。
瑞がそう呟いて柱時計を見上げる。時計のもつおぞましい記憶を、瑞は感じ取っていたのだろうか。沈黙する時計のゼンマイを、志帆はもう巻こうとしなかった。
「…なあ、ちょっと」
立ち上がった伊吹が、柱時計に近づく。どうしたのだろう。
「開けていいかな?」
志帆に断ってから、伊吹が柱時計のガラス扉を開ける。
「この時計…女が死んだ時間で止まるんじゃないか?いつも。毎晩。午前二時を過ぎて」
扉を開けた彼は、顔を突っ込み、時計の内部を見渡す。童話の中で、子ヤギがオオカミから隠れた大きな箱。伊吹は何かを探す様に上半身を突っ込んでいる。
「先輩、なにか探してるんですか?」
颯馬の声を背中に受け、伊吹は内部に視線を走らせながら答える。
「あの女、毎晩ここから這い出てくるんだ」
「え…?」
「これが、怨嗟と恨みの箱になってるんだと思う。だからきっとここに、なにか…あるんじゃないかって…」
伊吹は何かを見つけたようだ。腕を伸ばし、何かを探っている。そして手にしたそれを、座卓の上に置いた。
「時計の奥にガムテープで張り付けてあった。颯馬なら、これが何かわかるか?」
座卓に置かれたその小さなもの。郁にはそれが何かわからない。それでも、ひどく禍々しく、決して触りたくない恐ろしいものに思える。
作品名:そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編 作家名:ひなた眞白