そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編
「ねーおなかすいたよ。とりあえずごはんにしない?」
颯馬が緊張感のない声を出し、張りつめていた空気がゆっくりとほどけた。
「そうですね。潤子さんが今朝は用事ででかけていますから、わたしが何か用意しますね」
そういえばお腹が減っている。朝ごはんを食べて、少し元気を出さなくては。郁は柱時計を見た。いま何時だろう。そこで気づく。
「…また止まってるよ?」
時計は、止まっていた。振り子も静止している。
「あ、本当。昨日合わせたばかりなのに」
ゼンマイをまこうとした彼女を、瑞が呼び止めた。
「待って」
「はい?」
「昨日と同じ時間で止まってるぞ」
「へ?」
柱時計は、二時を少し過ぎたところで止まっていた。郁は覚えていないが、瑞は昨日も同じ時間で止まっていた、と主張する。
「おい…」
同じく伊吹が立ち上がり、青ざめた顔で言う。
「あの夢の中で、時計を鐘を聞いた。二回。女が息絶えるそのときに」
「俺も聞いた。志帆さん」
「は、はい…」
「この時計、ずいぶん古いけど、いつ頃からあるの?」
尋ねられた志帆は、困惑したように頬に手をあてた。
「ええと…以前わたしたちが住んでいた本家には、わたしが生まれたころにはもうありました。たぶん、もっと昔からあるんじゃないかな」
女が死んだ夜、この時計がそばにあったんじゃないのか。瑞がそう推察する。本家がここではない場所にあったときから、時計だけは古多賀の歴史を見つめ続けてきたのだと。
「この時計は、すべてを見ていた…?」
「多分」
作品名:そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編 作家名:ひなた眞白