そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編
「先輩!」
「どうしたんですか!?」
いたい、と呻くような声が伏せられた口から発せられている。上体を倒した伊吹の右腕が、背中に回っている。
「いたい…!」
「先輩、どうしたの!?」
「いたい…背中…が、いたい…」
しきりに背中を痛がる伊吹を前に、郁らはどうしていいかわからない。
「襖が!!」
悲鳴じみた志帆の声に目をやると、暗闇に慣れた郁の目が、静かに開いていく襖の映像をとらえる。す、す、す、とゆっくりゆっくり、ぽっかりとした暗闇の隙間が広くなる。どんどんどん、と心臓が肋骨を叩く。開く。入ってくる。
「い゛た゛い゛ぃぃぃぃ!!!!!」
叫んだ伊吹の悲鳴と同時に、襖の隙間から血まみれの手が現れ襖を掴んだ。赤く汚れた、がりがりの指先。その爪先が襖の表面をがりとえぐった。
「入れるな颯馬!」
「アイ」
瑞の指示とほぼ同時に、颯馬が何かを襖に投げつけた。音からして、たぶんいみご様のときにも使った玉砂利だ。手がさっと引っ込み、電気がついた。眩しい光が弾けたと同時に、瑞と颯馬が襖に手をかけた。追いかけようとしているのだ。しかし。
「こないでえぇぇぇッ!!!!」
獣じみた悲鳴があがり、全員の動きがとまる。伊吹だ。背中を抑えたまま布団に顔をうめ、身体中を激しく揺らして荒い息を繰り返している。
「先輩、大丈夫ですか?」
作品名:そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編 作家名:ひなた眞白