そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編
沓薙山にある、心をうつすという洞窟の泉の話を思い出す。あそこに入れば、すべてわかるのだろうか。打ち解けるにつれ募る、この罪悪感の正体も、目の前に現れるもう一人の瑞のことも。
「伊吹にこれを」
瑞が、右腕をこちらに伸ばす。
「…?」
差し出された瑞の手のひらに、黒ずんだように茶色い櫛がのっている。小さな飾り櫛だ。柄のない、半月のカタチをした櫛…。昔の女性が、結い上げた髪に指していたようなあれだ。櫛というより、かんざしに近いものかもしれない。
月明かりに見にくいが、相当古いものだとわかる。何か絵が描かれているようだが、かすれて判別できない。
「これは…?」
受け取り、眺める。なんだか、懐かしいような、どこかで見たことがあるような気がするのだけれど。男性の瑞が使用するとは思えないのだが…・
「おまえを守ってくれる。俺の大事なものだけど、伊吹が持ってて」
守ってくれる。そう聞くと不思議だ。じんわりと、温かいような気がするのだ。
「あの、」
櫛から目を離し、顔を上げた。そこにもう、瑞の姿はなかった。
「…は?」
月は雲に隠れ、再び闇があたりを覆う。伊吹は裸足のまま庭に降りる。しかしどこにも、彼の姿も気配もない。消えた…。夢だったのか?いや、櫛は手にある…。
作品名:そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 後編 作家名:ひなた眞白