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Plin

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 聴衆を興奮の渦に巻き込んで約90分、大歓声の中、プリンとバンドがステージを去るとアンコールの大合唱……。
 見ると田中も拳を振り上げて叫んでいる。
(ははは、こりゃ、相当重症だな……)
 宮川はそう思いながら、自らも拳を突き上げる。

 歓声に応えてステージに戻ってきたのはプリン一人だった、ステージの隅に置かれたアップライトピアノの前に座り、静かに奏で始める。
 照明がゆっくりと落とされ、プリン一人にスポットが注がれる中、彼女は静かに歌い始めた。

 ジャニスの半生を描いた映画、「The Rose」の主題歌だ。

 客席は水を打ったように静まり返り、宮川も鳥肌が立つ思いで聴き入る。
 プリンは時に語りかけるように、時に声を搾り出すように歌い上げて行く。
 愛に飢え、それが目の前に差し出されても、いつか失うことを恐れてそれを手に取ることができなかった、ジャニスの苦悩が浮かび上がるようなドラマチックな歌唱……。
 
 ♪Just remember in the winter
  For beneath the bitter snows
  Lies the seed that with the sun’s love
  In the spring becomes the rose♪
 
 アウトロの最後の音の余韻が消え去るまでしわぶき一つ聴こえなかったが、その静寂はプリン自身が破った。

「Rock’n Roooooooooooooll!」
 
 プリンがそう叫ぶと、いつの間にかバンドはステージに戻っていて、ギターがコードをかき鳴らし、ドラムが軽快なリズムを叩き出す、そしてプリンもマイクを引っつかんで立ち上がりシャウトした。

「『Jailhouse Rock』だ!」
 轟音の中、宮川は田中の耳元で叫んだ。
「なんだって!?」
「『監獄ロック』って曲だよ、面白い選曲だな! 洒落が効いてるよ!」
 田中も心からの笑顔を見せた。
(こいつ、こんな風に笑うことってあるんだな……)
 宮川が思わずそう思うほどの笑顔だ。

 ドラムの連打に続いてベースが加わってリズムを支えると、バンドはギアをトップに入れた。
 アクセル全開のスピーディなサウンドに乗ってプリンのシャウトが踊り、跳ねる。
 聴衆もツイストを躍り出さんばかりのノリ、ライブハウスは一転、パーティ会場と化した。
 プリンも勢い良く飛び跳ねて前開きベストを脱ぎ、ぐるぐる廻して客席に投げ込み、それは誰にも抱え込まれることなく、客席を飛び交って熱狂に油を注いだ。
 
 そしてエンディング。

 客席に向かって満面の笑みを湛えて両腕を突き上げたプリンが、くるりと背中を向けると、聴衆は更にどっと沸き、田中が見る見るうちに真っ赤になった。
 プリンのTシャツの背中、そこには太いマジックで
「田中先生! 有難う!! 愛してる!!!」と大書きされていたのだ。


   ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪


「もしもし、田中だが……明日なんだが、コンサートのチケットがあるんだ……一緒に行かないか?」
「何だか聞いたような台詞だな……それにしても、この半年でライブハウスからホールに格上げになったんだな」
 音楽に疎い田中のことだ、コンサートと言えばプリンのに決まっている。

 あのライブの後、宮川は何度も田中の背中を押した。
 田中がプリンにぞっこんなのは間違いないし、プリンだって聴衆の前で宣言しているのだ。
 だが、田中の態度は煮え切らない。

「しかし……俺は40、彼女は21だぜ」
「数え切れないくらいの離婚訴訟を扱ってきたからな……正直、怖いんだ」

 それが理由だ。
 
 田中に内緒でプリンにも会った。
 プリンの気持ちは少しもぐらついていない、田中を愛しているし、尊敬している、もし結婚できるならこんな幸せなことはないと言う。

「歳の差なんて気にずる事ないって、お前が30で彼女が11なら考え直せと言うけどな、21歳と言ったって、そこらのノホホンとした女子大生や腰掛のつもりで働いてるようなOLとは違うぜ、波乱の人生を歩んで来てる娘じゃないか」
「ああ……それは確かに……」


 しかし、結局田中の足を一歩出させることが出来ないままに、宮川は再び取材の旅に出て、半年後に戻って来た矢先に早速コンサートのお誘いだ、ライブハウスがホールに格上げと言うことは、バンドの方は順調と言うわけだ。
 もちろん、宮川はその誘いに乗った、日本にいる間は「野良猫並み」にヒマなのだ。
「ああ、コンサートには行くよ、だが、その前に一杯付き合うのが条件だ、お前のおごりでな……」

   ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪

「その後、どうなんだよ、ちっとは進展があったのか?」
「まあな……彼女のライブには何度も行ったし、食事にもちょくちょく行ってる」
「上出来じゃないか、その調子なら英国淑女だって落とせそうだな」
「なぁ……本当に19歳違いでも問題ないだろうか?」
「法的に問題でもあるのか?」
「いや……」
「彼女の温度が冷めて来てるとか?」
「それは……ないと思う」
「お前はどうなんだ?」
「ああ……彼女とずっと一緒に生きて行きたい」
「彼女はいまやロックスターだけどさ、彼女のことは信じられるんだろう?」
「それは一点の曇りもなく」
「なら、迷うことはないじゃないか、視界良好、コンパスにも狂いはないぜ」
「ああ……だけどな」
「まだ何かあるのかよ、いい加減にしろよな」
「いや、だから、俺がぐずぐずしてたら背中をどやしつけてくれ、思い切りな」
「はっ……そう言うことか、腹を決めたんだな?」
「ああ……今日、彼女に結婚を申し込むよ、指輪ももう用意してある」
「よしきた! それくらいなら面倒を見てやるよ」
 そんな役なら、買って出てもいいくらいだ。

 
「遅いじゃないか、やきもきしたよ」
 田中との待ち合わせはホールの前、宮川が息を切らせてやってきたのは開演5分前だった。
「すまん、次の飲み代は俺が持つから勘弁しろ」
「とにかく入ろう」
「ああ、指定席で良かったよ、ライブハウスなら除雪車が必要だ」

 席は最前列の真ん中、特等席だ。
「さすがに特別扱いだな、おい」
 宮川が茶化しても田中は無反応、怒っていると言う訳でもなさそうだ、早くもこの後のプロポーズに向けて緊張しているらしい。
 宮川は苦笑しながら座席に身を委ねた。

   ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪

 コンサートは素晴らしかった。
 バンドとプリンの息は半年前にも増してぴったりと合い、と言って対決姿勢も失っていない、そのスリリングな演奏に聴衆も大いに盛り上がった。
 そして、これが定番になったのか、アンコールは『Jailhouse Rock』でホールをパーティ会場に早変わりさせた。

 大歓声の中『Thank you! Good night!』と叫んだ瞬間だった、プリンが急に固まった。

(なんだ、俺の出番なしかよ)
 宮川がそう思ったのも当然、田中が自ら席を立ってステージの前に進み出たのだ。
作品名:Plin 作家名:ST