そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 前編
あなたは諦めてないよね。瑞が言った。
「だから颯馬に相談したんでしょ?」
瑞の言葉に反応するかのように、志帆が顔をあげた。瑞を見る瞳に、みるみる涙がたまっていく。ようやく、人間らしい感情を見せたように。
「…わたし、お兄ちゃんには死んでほしくないんです。優しい兄です。ぎすぎすとした家の中で、大切な存在なんです。だけど三年前にお嫁さんをもらって、もうすぐ二人目の子どもが生まれる…跡継ぎができたんです。長男と次男、跡継ぎを作ると、兄は死ぬ…もう先は長くない。でも絶対に、死んでほしくないの」
両手で顔を覆って、彼女はしくしくと泣き出してしまった。
「ああ、泣かないで、大丈夫?」
颯馬が慌てて背中をさすっている。
「ごめんなさい…」
「あの、志帆さん、幽霊っていうのは?」
伊吹は尋ねた。長男が死ぬというのはわかったが、最初に彼女が言った、幽霊が出るとはどういうことなのだろう。
「はい…お嫁さんの二人目の妊娠がわかってすぐ…夜中に家の中で誰かが歩く回るようになりました。廊下をぐるぐる回っているの。まるで、兄を探しているみたいで」
兄を探して彷徨う者…。
「お嫁さんはすっかりまいっちゃって、子どもを連れて実家に戻っているんです。兄は海外出張中で。母も祖父母も親戚の家に身を寄せていて、いま本家にはわたしだけです。原因を解明するなら、いまがチャンスなの」
お願いします、と彼女は頭を下げた。
作品名:そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 前編 作家名:ひなた眞白