そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 前編
屋敷の部屋すべてを見て回るが、特に瑞の霊感を刺激する場所はなかった。真司郎夫妻の私室も含め、トイレ、キッチン、屋根裏、収納庫…広すぎる家の中を丁寧に回ったが、発見はとくになかった。客間に戻ると、単独で屋敷を歩き回っていた颯馬も戻っていた。瑞と互いに、大きな成果はなかったことを伝えあっている。
(お腹空いた…もうお昼か)
柱時計の二つの針が、頂点で重なろうとしている。正午だ。時を告げる荘厳な音が十二回。静かな屋敷に響き渡る。開け放たれた部屋の襖を通り抜け、屋敷中に響いているであろう、その音。なんとなく、それが十二回鳴り終わるまで、誰も口を開かなかった。沈黙の中、奇妙な緊張感が漂う。
「…遅くなってごめん」
静寂を切り裂いて襖が開いた。伊吹が現れる。寝巻を着替えて身なりも整えていた。
「先輩、寝てないと」
「十分寝たよ。もう大丈夫。颯馬の結界のおかげかな」
顔色はずいぶんよくなったように思い、郁は少しほっとする。
「それで、何かわかったのか?」
「それが何も」
瑞が首を振り、今朝の調査について話す。
「手がかりはあの足音の主と…先輩が見たっていう女の夢くらいです」
覗き込んでくる血まみれの女。そして名前を呼ぶのだという。伊吹の名前を。
「そこしか有力な手掛かりがないってことか。なんで俺を狙うのかはわかんないけど、今夜も来るってことだよな?眠らず待とう」
「そうだけど、危険です。相手は代々の長男をとり殺してるやつかもしれないのに。伊吹先輩だけでも帰った方がいい」
厳しい表情で瑞が言う。彼の言う通りだ。
「帰らない。引き受けたからには俺だけ逃げるようなことはできない。それにいま帰っても、あの女はついてくる気がする」
静かなその言葉に、郁は身震いする。女はついてくる。魅入られた伊吹は、ここでおおもとの原因を断ち切るしかないということなのだろうか。覚悟しているのか、伊吹のまとう空気は静かで、動揺や恐怖はほとんどないように思える。
「今夜はずっと起きてよう。昨晩はわけもわからず全員バタバタしていたけど、今夜は落ち着いて対処できるはずだ」
作品名:そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 前編 作家名:ひなた眞白