そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 前編
「…先輩、」
呼ばれた。目を開けると、暗い天井が見える。ここは…どこだっけ。ああ、古多賀の家だ。調査に来ている。一瞬の戸惑いののち、伊吹は意識を覚醒させる。
「…須丸か?」
周囲はもう薄暗い。ずいぶん長い間眠っていたようだった。瑞が見下ろしているが、暗がりに顔は見えない、気遣うような、囁くような声だった。
「夕ご飯だっていうから起こしにきたんだけど」
「大丈夫…」
ゆっくり身体を起こす。ここにきて体調を崩してしまうなんて、情けない。ふらつく頭を覚醒させるように振って布団から出る。目覚める瞬間まで夢を見ていたのだけれど、思い出せない。ただ、胸が苦しいような圧迫感が夢からずっと続いている。悲しく、何かを悔いたかのような気持ちが。
「…どう?」
「大丈夫、ちょっと疲れたまってんのかな」
安心させようと、そう言って笑って見せた。
「ならいいけど…無理しないで下さい」
「ありがとう」
心配そうな瑞の声に、夢のなかで聞いた言葉が、はじけるように戻ってくる。
「この家怖いから、気をつけろって…」
「はい?」
「夢の中で…おまえが言ってたよ…」
警告めいたその内容が、偶然なのかそうではないのか。何か言いかけた瑞を制し、伊吹は笑う。
「気にしないでくれ。緊張してんだ、きっと…」
賑やかな夕食が始まる。志帆と潤子が作ったという和食を囲んで、颯馬を中心に学校や部活の話題が盛り上がっていた。暗い表情を見せる志帆も、このときばかりは笑みを浮かべている。隣にいる郁の存在も大きいのだと伊吹は思う。
「今夜も聞こえるのかな、足音…」
不安そうに言うのは郁だ。怖がりな彼女のことだから、夜が来るのが怖いのだろう。
「あたしお風呂一人無理かも…。志帆ちゃん一緒に入ろうね?」
「うん、いいよ」
「うん俺もねー」
「おめえは俺と入るんだよバカ颯馬」
「ヤダー!」
颯馬と瑞のコントめいたやりとりに、志帆は笑顔を零していた。
作品名:そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 前編 作家名:ひなた眞白