そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 前編
「おっきい家…」
郁は目の前に立つ大きな平屋づくりの屋敷と、隣接する広大な庭園に感嘆の声をもらす。立派な門を抜け、石畳の敷かれた紅葉の美しい道を歩く。庭には大きな池があり、優雅に鯉が泳いでいた。手入れされている樹木も、郁にはわからないけれどさぞ立派なものなのだろう。
「ここにいまご家族はいないって言ってたよね」
先頭を歩く志帆に、瑞がそんなふうに声をかける。
「はい。分家筋の親戚は、すべて麓の家に住んでいます。ここには母、わたし、兄と兄嫁、その長男が暮らしています。わたしの弟は中学生ですが、分家の一家に居候していて。いまは母もそちらに移っていて、兄は仕事で海外、お嫁さんは子どもを連れてご実家に戻られているんです」
「お母さんと弟さんは、どうしてここを出ているの?」
「母はもともとこの家を嫌っているのです。お嫁さんの二人目の妊娠がわかって、我が子がもうすぐ死んでしまうという思いから伏せがちになってしまって。弟も、小さいころから兄が死ぬ話を聞かされていましたから…こんな家にいられないと…」
それはそうだろうと、郁は共感する。命を奪う家なのだとしたら、郁だって絶対に寄り付きたくない。たとえ女に害はないとわかっていても、だ。
(志帆ちゃんも…つらいんだろうなあ)
大好きな兄を失いたくない一心で、瑞を頼ってきたという。兄の住む家でなければ、すべてを捨てて逃げ出したいだろうに。
「ようこそおいで下さいました」
無人だと思っていた家の玄関に、小柄な女性が立っていた。老女は丁寧に頭を下げると朗らかな笑顔を浮かべている。白いエプロンをしめて、短い髪は清潔そうな印象を与える。
「うちのお手伝いさんです。赤木潤子さん。赤木さんにだけは、事情を話してあります。子どものころから、わたしたち兄弟の母親代わりで、わたしの提案に唯一賛成してくれた方なんです」
赤木です、と老女は再び頭を下げる。小柄な志帆よりも、さらに小さい。
作品名:そぞろゆく夜叉 探偵奇談11 前編 作家名:ひなた眞白