神社寄譚 3 捨て人形
五
【捨て人形】五
krzysztof Penderecki -Threnody to the victims of Hiroshima
http://www.youtube.com/watch?v=uzOb3UhPmi
ハジメさんと次郎さんが見舞いに来てくれた。
神輿連の連中なのでやたらと地声の大きな人たちであるのだが病院の病室でとなると目立って仕方が無い。しかも内容が内容だっただけに。
「そりゃぁよう。あれから大変だぜ。
神輿の手入れしようぜって熊とハチと二人で倉庫で始めたらさ。
途端に馬が外れてさ神輿が身体の上に落ちてきたって云うんだ。
ほかの奴もさ釘の頭を引っ掛けただの、工具が上から落ちてきただの
怪我人続出でさぁ・・。
酷いのはオヤジ狩りに遭ったとかさ・・。
皆しょげ返っちまってさ。
今年は祭りが出来るかどうかわからんぞ。」
「でもそしたら神輿連総取締役のタカさんの立場ぁ無く
なっちゃうじゃない。」
「そのタカさんからして人形を神社に預けたまんま家に
閉篭もりっぱなしでさ。」
「人形は、神社にあるの?」
「おぅ、社務所の裏の部屋に置いてある。
宮司さんが手立てを考えてくれてるそうだが
なんか薄気味悪いよな。こないだもさ、ハチのバカタレ、夜、人形が
外を歩いてた、とか抜かしやがってさ。」
「人形が歩いてる?」
私はギョッとした。
「んなわけないじゃんよ。ハチのバカぁ酔ってただけの事さ。でもさ管理人が鍵掛けて帰るのに、朝開いてたとかさ、気味悪いよな。」
こんな話を向かいのベッドの男は聞いていた。
そして身体を震わせながら私に云った。
「あんた・・なんか持ってきてないか・・?」
何だと?と思ったが・・。
こんな話を聞いた後であれば思い当たる節だらけではないか。
「思い出したらさ・・あんたがここに来たときからなんだよな。あの足音が聞こえるの。・・マジでさ・・。」
夕食の時間となり二人の見舞い客は帰った。
私と向かいの男は夜が来るのが恐ろしくなった。
夕食の時間が終わり、やがて消灯時間となった。
朝方に激痛が走るのは勘弁だ、と痛み止めの薬を飲む。
なぜかいつもより大目に飲む。
きっと、気のせいさ。
そうに決まってる。
変な話しやがって。
きっと、来るに決まってる。
そうに決まってる。
そして誰かがこの部屋から居なくなる。
きっと昨夜は隣の喘息持ちの爺様と話しをしていたのだ。
そして最期であることを告げたに違いない。
あぁあの影は。
あの少女のような影は。
死神なのではないか。
あぁ、そうに決まってる。
あの少女は・・いや・・あの人形なのか・・
今夜も誰かのところに来るに決まっている。
看護婦さんたちが薬の確認に追われている時間帯が過ぎ皆寝静まりかけた頃。
かくっ・・かく。
かくっ・・かく。
かくっ・・かく。と。
廊下を歩いてくる音がする。
かくっ・・かく。
かくっ・・かく。
かくっ・・かく。
変な間隔の足音が、近づいてくる。
かくっ・・かく。
かくっ・・かく。
かくっ・・かく。と。
病室の入り口に差し掛かり入ってきた。
すぐ私の足元にいる・・。
部屋の奥に歩いていく。
かくっ・・かく。
かくっ・・かく。
かくっ・・かく。と。
カーテンを開ければその姿が見えるかもしれない。
しかし相手は死神となれば、この目で見たら最後になるやもしれん。
見たい。
いや見たくない。
しかし・・催眠成分が含まれた痛み止めの薬が効き始めていた。
ベッド上で横になっているのに、身体が重い。
カーテンを開けようにも腕が重い。
寝返り打つのも重くてかなわない。
目蓋が鉛のように重くなって。
しかし驚くべきことに、足音の主は私のベッドのカーテンに影を落とし始めた。まるで少女のような影だ。
こちらに近づいてくる。
かくっ・・かく。
かくっ・・かく。
かくっ・・かく。と。
外側からカーテンに触れているようだ。
指先がカーテンを押しているのが解かる。
其れと同時に聞こえる息遣い。
それは人間のそれではなく、少女のものでもない。
獣のそれであった。
私の顔のすぐ横に少女の影が立ちまるで血を啜らんとする野獣のような息を荒ぶらせている。見えないはずの目が紅潮しているのがわかる、私の魂を喰らおうというのか。喉を鳴らし、低い声をグルグルと響かせている。
虎視眈々とカーテン越しに私を見ているのか。
大きく息を吸い込むと野獣のように私の耳元で雄叫びをあげる!
その瞬間私は意識を失ってしまった。
目が覚めると朝だった。
喉の切除跡は快方に向かっているようで徐々に痛みは減ってきている。
カーテンを開けると。
向かいの男の姿は無く、奇麗にベッドメーキングされていた。
看護婦さんに尋ねようとするとなにも話すことはない、
というような空気を漂わせていた。そして、私は別の病室に移動する事になった。
しかし私はその後も夜な夜な、あの足音を聴いていた。
そしてあの病室の誰かが部屋を去る・・その状態は変わらなかった。
作品名:神社寄譚 3 捨て人形 作家名:平岩隆