神社寄譚 3 捨て人形
四
【捨て人形】四、
krzysztof Penderecki Dimensions of Time and Silence
http://www.youtube.com/watch?v=5UqQl0CNNCY&feature=related
再び激痛と共に目が覚めると朝だった。
痛み止めを飲み、運ばれた食事には手が出ず、薬が効き始めるとぼんやりとした。それが日に4回。繰り返される。
思うように言葉が出せない為、会社にも看護婦さんに連絡してもらう始末で。昼間は神社の役員さんが見舞いに来てくれたらしいが意識が遠のいていたらしい。翌日も神社の役員さんであるヒデさんが見舞いに来てくれた。
「昨日はさ・・丁度・・昼寝だったみたいだったからさぁ。」
“ご足労戴いて・・すいません・・突然、こんなんなっちゃって。”と
文字で応えた。筆談を思いついたのだ。
ヒデさんは穏やかな表情をしたまま、私の手の鉛筆の動きを見ていた。
“宮司さんは?”
「あぁ宮司さんは昨日退院された。なにか急に心臓が発作を起こしたらしい。別にそんな病気は無かったと思ったんだけどって本人は仰られたけどね。まぁ・・歳だよな。でも大事無くてよかったわ。」
“他の方々は大丈夫だった?”
これにはヒデさん答えなかった。
「宮司さんも相当な歳だからな。少し休まれたほうがいいんだよ。
あぁ、あんたもな。折角入院することになったんだからさ。
いい機会だと思って骨休めしておけよ。」
ヒデさんが菓子を置いていったが喉が痛くて食えるわけもなく訝しがっているとそのときはじめて病室の全体像を眺めることが出来た。
それまでどこかが必ずカーテンが閉まっていたので、随分と明るく感じられた。窓際のベッドにはテレビにかじりついてみている白髪頭の中年男。
私の隣には可也の高齢の咳をする度、苦しそうな声を出す真っ白な爺さん。私の向かいには如何にも神経質そうなおっさんが点滴を受けている。
向かいの真ん中はなにか紙に筆で字を書いているヒョロっとした爺さん。
向かいの窓際の若い男は窓を向いて柔軟体操などしている。
ん_?びっこ引いてる奴は・・いない。
そんなことを思いながら、やることもなくベッドに横になっていた。
痛み止めの薬が切れると、その後すぐに薬を飲んでも一時間やそこらは全身の毛が逆立つような痛みが続くので早め早めに飲むことにした。
だがそうするとやはり昼となく夜となくぼんやりとした時間が余計に長くなるような感じがした。
なにせ喉以外は至って健康である為、そんなに寝てばかりもいられない。
飯も喉に通らずここ3日ほど何も喰ってないな・・と思が歩いていく足音がする。
どこかでなにかがあったようで足音が増える。
だがやがて静まり返る。
そのとき聞こえるのだ・・例の不規則な感じの足音が。
かくっ・・かく。
かくっ・・かく。
かくっ・・かく。と。
びっこでも引いているのか、松葉杖でもついているのか。
其の音は廊下を近づいてくる。
かくっ・・かく。
かくっ・・かく。
かくっ・・かく。と。
そして我々の部屋に入ってくる。
かくっ・・かく。
かくっ・・かく。
かくっ・・かく。と。
廊下の照明のこぼれた光がその足音の主の影を私のベッドのまわりに
張られたカーテンに落とす。
なにか女の子のようだ・・。
かくっ・・かく。
かくっ・・かく。
かくっ・・かく。と。
私と隣の爺様の間に入ってきて、やがて隣の爺様と話を
しているらしい。
「・・をう、そうかい・・ほうかほうか・・よく来てくれたよぃ」
爺様は弱々しくそういうと其れより大きな苦しそうな咳をする。
こんな時間に面会かぃ・・
「ほぅかい、それじゃぁ・・いいよねぇ・・」
なにがいいんだか・・わからないが・・私は寝落ちたらしくこの後の記憶がない。次に目が覚めたのはカーテン越しに強いライトを当てられたような・・
いや実際にサーチライトを複数持った人たちがこの部屋に入ってきて
それは看護婦さんたちであることが声でわかった。
カーテンが揺れるので私はカーテンをめくってみた。
すると看護婦さんが
「なんでもないんですよ、すぐ済みますからね、寝てて
ください。」という。
こちらも声が出ないので、そのままカーテンを閉めてい
るとまたボンヤリとして
寝落ちる。
次に目を覚ますと朝だった。
しかも朝食が配られた後だったようでベッドサイドに粥と煮付けの乗った
プラスチックのお盆が置いてあった。寝坊である。
バツが悪そうにカーテンを開けると_。
満床だった部屋の半分の人間が居ない。
私の隣の爺様と向かい側のヒョロっとした爺さんも居ない。
テレビにかじりついていたオッサンも居ない。
いや居ないのではない。
完全に片付けられて真新しいシーツがベッドにかけられている。
なにかそのガランとした光景が異様だった。
まぁ部屋の移動とかは頻繁にあるというから。
私は遅い朝食を恐る恐る口に運んだが、やはり喉の痛み
には勝てず、痛み止めの薬を飲んだ。
やることもなく腹が減ったので売店に行ってプリンを買ってみる。
喫煙所でプリンを食す。
すると隣に座ったのが向かいのベッドの神経質そうな男で、セブンスターをふかす。
「あ・・どうも・・」と声をかけるとコクッと頷いた。
「びっくりしたろ、いきなりあんなに居なくなっちまう
んだからな。」
「病室が移ったんですかね」プリンの喉越しが気持ちいい。
「死んじまったんだよ。」
声も出ない。
「あんたの隣の爺さん、ホラ咳き込んでたろ。末期の癌だったんだ。
俺の隣に居た爺さんも確か癌とか言ってたな。昨日書いてたろ、遺書を。
誰に見せるのかね、身寄りなんてないらしいがな。」
私はなにかとても深い穴に落とされたような気がした。
「窓際のテレビ観てた・・おじさんいましたよね。」
「あぁあのひとは転院だと。朝早く出て行った。あれも長いこと無いな。」
少しホッとしたがこの向かいの男は続けた。
「あそこさぁ・・もう後が無いひとの病室なんだよ。
だから・・ナースステーションから一番近いだろ。
305号室ってさ。あの階に病室は7部屋あるだろ。
よくいうじゃないか病院には4階9階とか4号室とか9号室ってないんだよな。けどさあの305号室ってのはどっちから数えても4番目なんだよな。」
長く入院するとここまで捻くれて考えるものか、と思いながら。
「でも突然すぎやしませんか・・夜、誰かが隣の爺さんのところに訪ねてきて・・。なにを話していたか知らないが・・爺さんと話をしてましたよ。」
「そんなけないだろ。」向かいの男は嘯く。
「なにか、足が悪いのかな。びっこ引いてるのか、杖をついてるのか。
女の子ですよ。」
「見舞いの時間は夕食までだ。」
「だから外科かどこかに入院されているのかもしれない・・」
「外科はあっちの病棟だ。夜こちらまでくるにはたいへんだ。」
「しかし・・昨夜・・いやそれだけじゃない。その前も・・その前の夜も。」
「爺さんのところに通っていた・・と?」
私は頷いた。
「あんた、その女の子の顔を見た?」
「いいえ_。」
「その女の子の声を聴いた?なにを喋っていたのか聴いた?」
「いいえ_。」
あぁ、痛み止めの薬を飲むと妙に催眠効果があるんで・・とはいえなかった。
作品名:神社寄譚 3 捨て人形 作家名:平岩隆