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神社寄譚 3 捨て人形

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【捨て人形】三

krzysztof Penderecki lze cheruwimy
http://www.youtube.com/watch?v=2Isz0DupsAc&feature=related

深い深い冷たい暗黒の湖の底にいるようだった。
徐々にゆっくりと暗い水底から水面に向かって浮かび上がっていくような感覚。やがて明るい光の差し込む水面に辿りついたように大量の空気が体内に流れ込む。ひんやりとした空気が肺を満たす。やがて目蓋が薄らぼんやり開いていくが明るくない、眩しくない白い世界がおぼろげに見える。
激しく身体を揺り動かされている。
私の名前が大声で連呼されている。
耳元で叫んでいるように・・しかし身体は重く動かない。
遠くで小さく聞こえる。
「意識はあるようです。」
「かなり回復時間をオーヴァーしているね。」
再び激しく身体を揺らされ、名前を連呼される。
おぼろげに見えていた白い世界が、徐々にピントが合ってきて白い天井が見える。重くて動かない身体に力を入れると、今度は跳ねるのではないのかと思えるほど意外にも軽い我が身が起き上がれた。
私は裸体に紙製の簡単な服状のものを纏っていた。
張り詰めるような冷房の効き方が不快というよりは、肌に突き刺さる感じだった。事態が飲み込めないまま、私の名を連呼する小柄な中年女性の方を見た。其の女性は立ち上がった私をベッドに座らせて、人を呼びに行った。どうやらここは病院らしく、薬くさいにおいがぷ〜んとした。
まず医者が入ってきた。大柄な男で・・だがマスクをしている為どんな顔だかわからなかった。それから神輿連の友人がふたりほど。大柄な医者は随分と大きな声で、べらんめい調で説明してくれた。
「あんたぁここに救急車で運ばれてきたんだ・・憶えてる?」
首を横に振ると・・「だろうな。あんたぁ扁桃腺が異常に腫れあがっててさ。呼吸が出来ない状態だったんだ。本来なら腫れが引くのを待ってからやるんだが緊急事態だったからな。つまり扁桃腺が気道を塞いでいたわけね。だから扁桃腺を切除しました。
あと口蓋垂(こうがいすい)ぁぁのどちんこのことな・・。
これも肥大してたから切除しました。
私が切った中でも・いや多分一番でかかった。
しかし・・急にあんなに腫れあがるわきゃぁないわな。」
いきなりそんな話をされても混乱した私は喉に手をあてがって、いつも以上になにも感じないことに違和感を覚えた。
「ここ・・どこですか?」
ようやく口に出せた言葉がこれだった。
医者は大笑いしながらここが駅前の私立病院の回復室という部屋であることを告げ、更にその病院の耳鼻咽喉科の部長であることを教えてくれた。
「ええとね。いまはなんでもないんだけど。多分真夜中ぐらいに麻酔が切れるから。痛くてたまらなくなると思うんだわ。そしたら痛み止めをもらって飲んで下さい。」
はぁ・・。
「入院するんですか?」
「うーん、それをお奨めします。
もちろん他は何処も悪くない訳だから帰ってもいいけど多分物凄く痛むから、まともに生活は出来ないと思うよ。まぁ2週間ほどかかるだろな。」
ぶっきらぼうに言う医者で。
その後、私を揺り動かした看護婦さんに案内されて相部屋のベッドに向かった。
ナースステーションのすぐ前の305号室。
あぁ3階なんだなぁ、とそのとき初めて気がついた。
其の部屋はドアがなく、左右に3つづつ全部で6つのベッドがあり私は入り口はいってすぐ右側のベッドを割り当てられた。
神輿連の友人たちは心配そうに私の顔を見て「ホント・・よかったぜ・・」いやそういわれても・・なにが・・起こったのか・・?
私は正直ポカーンとしていた。
「いったい・・なにが・・どうして・・どうなった?」
背の高いハジメさんが表情を曇らせて話しを始めた。
「人形の御祓いをしたのを憶えてるよなぁ・・?」
頷くとハジメさんは目をぱちくりさせて。
「宮司が祝詞を読み始めたろ・・。
そしたらさ・・宮司が胸を抑えて倒れこんでさ。
救急車呼んだら・・後ろじゃあんたが倒れてるしさ。
そしたらタカさんが、あのタカさんがうろたえちゃって
さぁ。」
宮司は_?
こんどは小柄でがっちりした次郎さんが口を開けた。
「さっき電話が来た。市立病院に搬送されて意識は在るが、大事見て2-3日入院するらしい。」
いったいなにが起こったんだろう・・。
ふと頭の中をよぎった。
人形は_?
人形はどうなった_?
すると二人は首を横に振った。
「知らないよ、おまえさんにくっついてきたんだからさ・・。」
そりゃそうだ。
「でもよ、よかったぜ。ホント。あんたここの病院についたとき顔がまっ黄色だったんだぜ。」
黄疸がでていた_?
「おぅ、そうよ。あの医者も最初は・・駄目かもなって云ってたんだぜ。」
とりあえず「軍資金だ!」と私に「仮払い」として一万円置いてハジメさんと次郎さんは帰った。
麻酔が残っているのか、なにかぼんやりとしながら病院の食事・・おかゆにほうれん草の御浸しっを啜って。
いつのまにか寝てしまった。
突然激痛に襲われ、喉元を押さえて、足をばたつかせて、喉奥の激痛のあまり声も出ない。カーテンを引かれたベッドの上でのたうちまわる。
いや自らの唾液を飲み込むことすら出来ず、血の混じった唾液をティッシュで吸い取る。
少し冷静になって・・ナースコールのボタンをする。
・・どうされました・・?
ところがこちら側で声が出ないので苛々していると
夜勤の看護婦さんが来てくれた。
ところが声が出ない。
「喉が痛むんですね・・痛み止めを持ってきますから・・」
白いプラスチックのビンに入った痛み止めの薬をキャップに取り分けて
飲み込む。すると舌先から麻痺をするような感じで液体が流れ込むが液体が傷口を通過すると全身が反応するほどの激痛が走り、看護婦さんの手を握った。
「この薬はだいたい6時間ぐらい持ちますから、痛くなったら飲んで下さい。」
とビンを置いて行ってしまった。
其の直後ぐらいに、まるで酒でも飲んだ様な薄らぼんやりとした時間が始まった。どうやら催眠作用があるようで。
ただし、それまでどれだけ寝ていたかはわからないが_。
意識だけは鮮明になっていた。
私に与えられた感覚はカーテンに仕切られた中の視覚と
薬のせいか鋭敏に研ぎ澄まされた聴覚。
看護婦さんの足音が廊下を通り過ぎる。
この部屋にいるのであろう患者の為に備え付けられた人工的な装置の動く音。そのどれもが規則的な間隔で聞こえるが、たまに不規則な間隔を持って聞こえる足音もある。
かくっ・・かく。
かくっ・・かく。
かくっ・・かく。と。
その足音は廊下を歩いてきて、私のベッドの横を通りこの病室の奥に歩いていった。あぁこの部屋の患者の誰かが用でも足しに行ったのか。
びっこでも引いているんだろうなぁ。そんなことを考えながら。
しかし時が過ぎれば、徐々にとろんとした溶けるような時間があって
再び意識を失った。


作品名:神社寄譚 3 捨て人形 作家名:平岩隆