神社寄譚 3 捨て人形
二
二
krzysztof Penderecki ? Symphony no.3 (IV.Passacaglia.Allegro Moderato)
http://www.youtube.com/watch?v=0r2Ht7LvTnc&feature=related
其の年の梅雨入り前の蒸し暑い日だった。
夏祭りの件で役員が総出で、話し合いを持った日だった。
「そういやぁタカさんがよォ、呼びに行っても出てこねえんだよ。」
「タカさんここんとこ見ないよなぁ・・。」
神輿連総取締という肩書きのタカさんが来ない。
集合時間から幾分かしてからタカさんが現れた。
日焼けした精悍な笑顔のイメージの強かったタカさんが、肩を落とし目が落ち窪んでまるで別人と思えるほど痩せ細って現れたので役員一同は驚いた。
「どうしたのタカさん!」と口々にいうほどやつれきった姿で。
大きな風呂敷で包んだものを抱えて。
タカさんは静かに「宮司さん居られるかい?」と尋ねるので
「ええ居られますよ」と答えるとふと安堵の表情を浮かべた。
「人形のさ、御祓いをしてもらいたいんだよ。」
宮司とタカさんが部屋に入りいろいろと話をはじめた。
其の間他の人間は部屋に入れなかったので、内容はわからなかったが
二時間近く話をされて、宮司が祝詞を書いたらしく。
宮司が私に祈祷の準備を指示し、私は指示通り準備をした。
この宮司は私が手伝いをするようになってからもこういった一種のオカルトネタというものにも真摯に対応してきた人物で
「お宮ってのは実はお祝い事だけではないんですよ」と話す。
外祭のいくつかは幽霊とか怨霊の類が出てきて困るので祓ってくれ、というものだった。謎の生命体?が写っていた写真の御祓いも立ち会った。
勿論其れが本業ではないが、宮司は「困り果てて頼ってこられるのだから」ということで誠実には対応してきた。
いつになく用意するものが多く手間が掛かったが30分程で準備は整った。
人形の御祓いということでその人形を目にしたのは其のときが最初だった。
身の丈50センチほどだろうか女の子の和人形で。
随分と柄の大きな人形で、色白で面長で、といえば人形等そんなものではあるが。なんの変哲も無い・・といえば・・なにも変わったところの無い・・いってみれば特徴の無い・・和人形で着物を着て黒い髪が豊かに生えていて・・え?・・毛が伸びたりするんですかぃ・・?
「いいや・・夜な夜な啼くんだよ・・。」
タカさんが真面目な顔してそんなことをつぶやく。
夜な夜な・・シクシクと・・さめざめと泣くんですかい
「そんなもんじゃねぇやな。ギャーギャー獣のように啼くんだよ。」
んな・・ばかな・・・。
「バカ話じゃねぇや、こいつぁ・・やばいんだよ。」
タカさんが真顔で云うので、背中にゾクッと冷たいものが走った。
そのとき人形を見ると、表情が微笑んでいるように見えた。
人形は顔が命ってコマーシャルもあるじゃないか・・微笑んでいるさ。
だが・・微笑み方が・・冷たい。
なにか嘲り笑っているような・・微笑みかたなのだ。
宮司の指示で私は祭員として御祓いに立ち会うこととなった。
「まぁ、これも経験として・・。」という宮司の言葉で私ともう一名が
後ろのほうに座った。御祓いの儀式が始まり、式次第が順調に進み宮司が祝詞を奏上しているとき・・。
私は突然眠くなった・・というより気を失いそうになった。
いや・・失いかけている・・。息苦しい。
苦しい。息が出来ない。
喉元が異常に熱を帯びて。
人形が笑ってる_?
タカさんが驚いた顔して立ち上がっている_。
宮司が祝詞座から倒れている_。
目が回っているんだ_。
息が出来ないぞ_。
スローモーションのように倒れこむ_。
其の瞬間、喉のつっかえ棒が取れたように大量の酸素が
流れ込んできて
おおきな音を出してしまった。
だが、あとはまた息ができない。
喉を押さえて、口を開けても息ができない_。
オレ死ぬのか_。
オレの記憶が。
断片化している。
コマ送りのようなチラチラした・・眩しい・・。
宮司を助ける世話役_。
呆然と立ちすくむタカさん_。
「大丈夫か?おい!顔が黄色いぞ!救急車よべよ・・!」
辺りの声がなにか回転数を間違えたテープのように低くゆっくりとした
聞きにくい声に聞こえた・・なのに人形は・・笑っている・・。
笑い声が聞こえた・・。
幼い女の子のような_。
なにか途轍も無い悪意を秘めたような笑い声が・・。
なにか人間のものではない。息が出来ない_。
苦しみ悶えながら・・。
聴覚が・・。
視覚が・・。
使えなくなってゆく・・。
どっと熱い汗が流れ出て
やがて、真っ暗になった。
あぁこれが死ぬということなのか・・。
作品名:神社寄譚 3 捨て人形 作家名:平岩隆