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天井裏戦記

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四 開戦



 学校には出るが授業に出ない。これ大学生にはよくあること。授業を受けるだけが大学の勉強ではない。食堂で並ぶ無駄を省いて先に昼を食べるのも賢い人間のすることである、自己判断。
 亮太郎は混雑前の食堂で席を確保し代返をしてくれた者を労う。
 入り口の方に目を凝らすと、相方の慎平がヘルメットを携えて食堂に入ってきた。それを確認するや亮太郎は立ち上がり、エアライフルを構えて狙い撃ちするが今日は反応がない。
 
「どないしてん、浮かない顔して」
「おうよ、よう聞いてくれた……」
 慎平は細長い青い紙を亮太郎に突き付けた。亮太郎も経験者なのでそれがほぼすべての笑いを打ち消すものであるのを知っている。
「『ネズミ獲り』ですよ、ネズミ獲り」
 テーブルにおかれたのは交通違反の反則切符。慎平は切符の真ん中辺りを指で差した。そこの項目は、

   速度超過

 つまるはスピード違反である。
「きのう結奈しゃんを家まで送ってあげたんですよ。そったら途中の171号線で……」次に差したのは反則金のところだ、15000円。
「もうサイテー、およそ一週間のタダ働きよう」
ドンという音が食堂に響く、うなだれた慎平がテーブルに頭突きをしたそれだ。
「っかし高いな~、反則金」
 亮太郎は気休めに15000の後ろに書かれた円の漢字に横線をいれて「ペソ」と書き直す。これで値段は上がるのか下がるのかは当然わかっていない。
「ところでよう。スピード違反の取り締まりってなんで『ネズミ獲り』って言うんやろか」
「そりゃあ、アレがすばしっこいからじゃろ?」

「んでさ、亮さん」
「なんじゃ?」
「『ネズミ獲り』という言葉にネズミが嫌いになった。俺もネズミ退治に協力するわ」
 二人はがっちり握手という名の契りを交わした。ネズミとして捕まえられた怒りの矛先を亮太郎の下宿の天井裏に向けた。

「ってどうやって退治する?」
 慎平はもう一度反則切符を手に取り上に掲げた。
「これよ、コレ。ネズミ捕りよ。ドブネズミでもクマネズミでも、もっと言うたら池に落ちて女神がつれてきた黄金ネズミも白銀ネズミも退治じゃ、退治」
「そうと決まったら早速行こか」
「おうよ」
 二人は立ち上がり出発の準備をした。
 慎平と亮太郎の行き先はといえば、いつも足繁く通うホームセンター。亮太郎はホームセンターが大好きで、ボロの下宿に置けるスペースはそんなに無いのにやたらと物を買う。時には家に車がある慎平を呼び出しては買い込む。まとめ買いの安売り品ならわかるけど、ツナギや娑無衣は絶対に必要ないだろう……。
 それくらいヘビーユーザーの二人だから、当然店内の行き先も分かっている。入店20秒、害虫駆除のコーナーの前に立った。
「おお、これやで『ネズミ獲り』」
 亮太郎は箱を拾い上げた。描かれたカゴの絵の中でコミカルなネズミが捕まっている。
「しかし、ホンマに捕まってもこんなかわいいの捕まらへんやん」
冷静な慎平のツッコミに箱を持ったままの亮太郎は、
「やっぱよ、出来高が見えんとやったった感がないじゃろ。それと値段がリーゾナボー」
早くも成果を見込んで想像している。
「まあ、そうやけど」
「さっそく設置じゃ、設置。我が城を守るのぢゃ」
 慎平が目線を商品棚に戻したところで、亮太郎は早速ネズミ捕りの箱を持ってレジに進んでいた――。
作品名:天井裏戦記 作家名:八馬八朔