天井裏戦記
二 グレーの集団
亮太郎は田舎育ちであるが一応良家のボン(自称)。慎平も鉄筋団地育ちの町の子。その存在は知っているが町中で実物を見たことは今までなかった。
二人はⅡ限目の授業を終えて、同じく授業を受けていたゼミ友の神尾結奈(かみお ゆいな)と梅原小夜(うめはら さよ)との四人で地下の大食堂で昼食をとっていた。
結奈は吹奏楽部に所属のお嬢様。私立の女子中学出身のアルバイトをする必要などなさそうな身分のお方。日々の生活では自転車に乗らないというレベルで昨日亮太郎の隣に入って行った先輩とその彼女とくらいの不釣り合い。もう一人の小夜は田舎から一人でやって来たどこにでもいそうな普通の大学生、とはいえ彼女の両親は既に現役を退いており、アルバイトが学生生活の半分強を占めるどちらかというと亮太郎よりの考えの女子だ。
しかし、大学のゼミ友だけに頭のレベルだけは似たようなところと思いたいがそうでもない。
亮太郎たちは高校時代にすべての煩悩を封印して一生ぶんの勉強をして掴んだ合格通知に対し結奈は浪人を避けて適当なところで落ち着いたって感じだし、小夜も話の節々に教養が感じられ男どものようにアホさはない。
そんな前フリはさておき、四人は食事をしているにも関わらず、挙がる話題はやっぱりアレだ。中産階級の男二人にはデリカシーなんてものは、ない。
昨日二人が見たものの話を上げようもんならお嬢様の結奈は絶対にドン引きするのはわかっているが、亮太郎は昨日から気になって寝られなかった話を我慢することなどできなかった。
「――というわけで、昨日から気になってしゃーないんじゃ」
「確かに。気になるわな、隣の部屋」
「違うがな、アイツらよ、ア・イ・ツ・ら」
「わかってますやん」
亮太郎は指を上に差してジェスチャーする。気になるのは隣の出来事ではなく天井裏の大運動会のことだ。
「それって、なに?」
案外食い付きの良い女子二人。二人とつるんでいると彼女らも免疫が付いてきたのか出会った当初よりは垢抜けた、というより壊れたと言おうか。
「聞いてビックリするなかれ!」食堂の平机を両手でバンと叩き亮太郎は立ち上がった。
「天井裏の先住民よ!安眠を妨げるグレーの集団……」
「もちろんテーマソングはコレ」
間の手を入れる慎平は世界的に有名なアニメのキャラクターのテーマソングを歌い出す。
「ちゃうちゃう」
嘆きを笑いに変える二人の漫才は、おそらくそれを見たこともないであろう二人を笑わせるのには十分だった。
「――そうよ、ネズミよ。ネ・ズ・ミ」
「天井裏の運動会、始まるよ~」
慎平はしつこくモノマネを続ける。結奈が手を口に当てて笑いをこらえているのを見て、二人は漫才を止めて席に戻った。
「でも、ネズミがいることで直接害はあるの?」
「へっ?」
亮太郎と慎平はふと我に返った。そういえばヤツらはそこにいるだけで被害を被ったことはなく、強いて言えば騒音苦情くらいだ。しかもそれは隣の部屋のアレ……でなくてそれに比べたら取り分け耳に付くものでもない。
「まあ、確かにそうやけど……」
「でも衛生的には良くないよね」
小夜が割って入ると三人は一同に頷いた。
「でもよ、あの建物そのものがヤバくないか?」
――一同爆笑。そして亮太郎は我にかえって肩を落とした。
「亮さんどうしたの?」
「はぁ――」一通り笑ったあとにため息を洩らす「だってよ。今の俺の下宿よ。いわば俺の城よ。キャッソー(castle)」
中途半端に上手な英語の発音はサラッと無視して慎平と結奈は横で頷く。自宅通いの二人にはわからないが亮太郎の仕送りの額がそれほどでないことくらいは容易に想像がつく、それと彼の言う自称良家のボンが自称であることも。
「まあ、そうゲンナリすんなよ。なんとかしちゃるから」
「マジすか?言ったで、大迫さん」
「げっ、言うてしもたで……」慎平は笑いながら亮太郎の肩をバシバシ叩いて再び笑い出した。顔は笑っているが結構他人事。面白いと思っただけで食い付いたことは亮太郎には言わなかった――。