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di;vine+sin;fonia デヴァイン・シンフォニア

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 2.凶賊の総帥−1



 ルイフォンは執務机の手前にある革張りのソファーをメイシアに勧めた。そして彼女が座るよりも先に、ローテーブルを挟んだ向かい側に腰を下ろし、足を組む。
 彼の背後には二人の男。一人はメイシアを案内してきた執事で、相変わらず、にこやかな笑みを湛えている。もう一人は護衛であろうか。腰に大刀を佩(は)いた壮年の大男で、執事より更に一歩下がったところで影のように控えていた。
 メイシアは、おずおずとソファーに腰掛けた。
 全身が緊張に包まれる。
 小刻みに揺れる彼女の肩を、背後に回ったミンウェイが軽く叩いた。その温かな感触に励まされ、メイシアは、すっと顎を上げてルイフォンの顔を正視した。
「このたびは突然の訪問を快くお受けいただき、ありがとうございました。お礼申し上げ――」
「堅苦しい挨拶は抜きにしよう」
 ルイフォンがメイシアの言葉を遮った。
「そんなのは無意味で面倒臭いだけだ。それに俺は上辺だけの上品な言葉は嫌いなんでね」
 彼は肘掛に右肘を立て、頬杖をついた。くつろいだ姿勢だが、しかし眇めた目がメイシアの一挙手一投足をつぶさに観察している。
「見るからに深窓のご令嬢の貴族(シャトーア)が、凶賊(ダリジィン)の総帥になんの用だ?」
 獲物をねぶるような肉食獣の視線に、メイシアはぞくりとした。無意識に両腕で自分自身を抱きしめる。
「私の……」
 メイシアの声が、かすれる。
「お前の? なんだ? もっとはっきりと喋ってくれ」
「……私の父と異母弟が凶賊(ダリジィン)の斑目(まだらめ)一族に囚らわれました。助け出すために、お力をお借りしたく、お願いに参りました」
「斑目?」
 ルイフォンの眉間に皺が寄った。
「鷹刀の敵地じゃないか。お前に雇われて地雷原を突っ走れと? 馬鹿馬鹿しい」
 彼はそう吐き捨て、メイシアから視線を外した。まるで、彼女の相手をする価値はないと言わんばかりに……。
 メイシアは震える手で、そっとお守りのペンダントの石の感触を確かめた。交渉がすんなり行くとは、初めから期待していない。これからが勝負なのだ。
 彼女は、弱い心を押し込めて、精一杯の虚勢の鎧を身にまとった。
 用意しておいた言葉を胸の中で反芻する。
 そしてメイシアは、閉じていた蕾が花開くように――破顔した。
「少し、違います。私は鷹刀様を雇いに来たわけではありません」
 しっかりとした、それでいて鈴を振るような澄んだ声が響いた。
 ルイフォンの眉がぴくりと動く。表情を変えずに、目だけがメイシアのほうを向いた。
「鷹刀様とお取り引きがしたくて参りました。対等な、取り引きです」
「へえ……? 『取り引き』ときたか。金以外に何か条件でも加えるつもりか? 鷹刀がお前の領地で何をしても目を瞑る……とか?」
「いえ。残念ながら、跡継ぎではない私には領地に関する利権はもちろん、ひと握りの金品すらお約束することはできません」
 予想外の発言だったのか、ルイフォンは頬杖から姿勢を改め、身を起こした。
「金は、ない、だと? それじゃあ、鷹刀と斑目を戦わせて、お前は何を差し出すつもりだ?」
 メイシアは、あでやかに笑った。
 不審に思う彼の興味を、充分に引き付けるだけの間を、取る。
 そして、告げた。
「『私』です」
「…………は?」
 ルイフォンの目が丸くなる。
 それは、彼の背後の男たちも同様だった。後ろにいるミンウェイも狼狽の息を漏らす。
「人と、人を、提供し合うのです」
 その場にそぐわないほどの穏やかさで、メイシアは微笑した。凛とした声色でありながらも、言葉尻は柔らかい。聞いている者を自ら望んで首肯させるような、そんな魔力すら感じられた。
「私には武術に長けた人間が必要です。その対価として、私はなんでもいたしましょう……ええ、なんでも……」
 言いながら、メイシアは震えていた。
 無垢な彼女には、それは『死』と同義だった。それでも家族の命と天秤にかけたとき、こちらのほうが軽かった。それだけだ。
 メイシアは鼻の奥がつんとするのを感じながら、ルイフォンの反応を待っていた。
「は、ははははは……」
 ルイフォンは徐々に口角を上げた。
「まるでガキみたいなことを言うんだな。正気か? そんなのが本当に、交換条件になると思ってるのか? お前一人と鷹刀の人間とが?」
 意地の悪い笑みを浮かべながら、ルイフォンはメイシアの目をじっと見た。彼女の黒曜石の瞳は真剣に、そして、まっすぐに彼に訴えかけていた。
「世間知らずもここまで行くとたいしたものだ。面白い。面白いな、お前。泣きそうな顔をしながら、言うじゃないか」
 ルイフォンはやや癖のある前髪を、くしゃりと掻き上げた。そして困った、とぶつぶつ呟きながらも、口元は緩めている。
 猫が喉を鳴らすが如く嬉しげに目を細める様子に、メイシアは彼が意外に人懐っこい造作であることに気づいた。そしてまた、自分よりもやや年下の少年に過ぎないということも。
「俺は親父に、『綺麗な小鳥が迷い込んできたから、一緒にちょっとからかってやろう』と誘われただけなんだよ。適当に堪能したら逃がしてやるつもりでな。……思わず欲しくなるじゃないか。参ったな」
 それで、なのか、とメイシアは得心がいった。
 屋敷に通されてからの賓客扱いは、好色家との噂がある鷹刀イーレオのただの気まぐれだったのだ。
 ふと、そのとき。メイシアは、悟った。
 それはルイフォンにとっては何気ない、ひとことだったに違いない。しかし……。
 メイシアはルイフォンに目礼をしてから、すっと立ち上がった。訝しがる彼の横を抜けて、背の高いその人を見上げる。
「あなたが鷹刀イーレオ様ですね」
 メイシアは執事に向かって問いかけた。