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di;vine+sin;fonia デヴァイン・シンフォニア

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 ルイフォンが気安く呼び捨てにしていたし、街の情報屋のトンツァイや、その息子のキンタンも『さん』で呼んでいた。だから、メイシアもそんな感じでよいだろうと思っていたし、本人も異を唱えなかった。
 そう考えて、メイシアは、はっとする。
 ルイフォンにとってはシャオリエは親代わり。街の人々は一族ではないので、イーレオのことすら『さん』付けだったのだ。
「あの……。あの方は鷹刀の一族だった頃、どのようなお立場の方だったのでしょうか……」
 恐る恐る、メイシアは尋ねる。
「知らん」
「え?」
「俺が生まれたときには、とっくに一族を抜けていた方だ。だが、次期総帥の父上が最上の礼を取っている。父上が、総帥の祖父上以外の人間に膝を折るのは、シャオリエ様だけだ」
「し、失礼いたしました」
「今度から気をつけろ」
 やはり貴族女は不愉快だと、リュイセンは鼻を鳴らし、そこで会話を打ち切った。
 そしてリュイセンは、携帯端末に向かったまま難しい顔をしているルイフォンに目を向ける。
 見たところ、怪我は打撲のみ。内臓に損傷が出ている様子もない。しばらく痛いだろうが、その程度だろう。
 いつもなら、機械操作的な作業は専らルイフォンの担当で、だから屋敷への連絡は彼がやるものと思っていたリュイセンは、溜め息をついた。頭が異次元に行ってしまった叔父には、何も期待できない。
 仕方ないので自分の携帯端末で屋敷に電話をかけると、待ち構えていたようなミンウェイが即座に出た。
『状況は!?』
 大丈夫? のひとことくらいは言ってくれてもいいだろう、と思いつつ、リュイセンは報告をする。途中でミンウェイの安堵の溜め息が聞こえ、溜飲を下げた自分が少し、腹立たしかった。
『よかった……。無茶言って、悪かったわね。ありがとう』
「ともかく、屋敷に戻る。迎えの車はどうなっている?」
 奪ってきたバイクでの三人乗りは厳しい。だが、それには『そろそろ、そちらに着くと思うわ』との、嬉しい返事が返ってきた。
『料理長が腕を振るって待っているわよ』
「おお! さすが料理長だな」
 帰国後の楽しみのひとつを前に、リュイセンは舌鼓を鳴らした。
 そこに、ルイフォンの声が割り込む。彼は、自身の携帯端末を手に、鋭い猫の目をぎらつかせていた。
「ミンウェイ、外を見ろ! 警察隊が来るぞ!」

「なるほど……」
 スピーカー出力によって、リュイセンとミンウェイのやり取りを聞いていたイーレオは、回転椅子の背もたれをぎいと鳴らし、背を起こした。
「ミンウェイ、付近を偵察させている連中に屋敷に戻るように指示を出せ。無駄に争うな」
 斑目一族がなんらかの方法で攻めてくるとは予測していた。だが、警察隊を使ってくるとなると、対応が異なる。
 イーレオはゆっくりと立ち上がり、桜に彩られた窓辺に立った。カーテンに身を隠すようにして、外の様子を窺う。
 地上の殺伐とした騒動など知ったことかと、陽光はあくまでも穏やかに降り注いでいた。雀が無邪気に遊ぶ様子に、イーレオの表情がわずかに緩む。
「イーレオ様、危険ですよ」
 脳天気な主人をたしなめ、チャオラウがすっと脇に立つ。万が一の時には、彼が身を挺して守るつもりだった。
 凶賊(ダリジィン)は基本的に拳銃を扱わない。刀剣などよりも、よほど強力な武器であることは誰もが承知しているし、裏世界の住人である凶賊(ダリジィン)が密輸できないわけがない。それでも抗争において忌避するのは、強い者が支配するという分かりやすい構図を、文化として持ち続けた結果である。
 己の力以外に頼ることを無粋とし、それを破れば卑しまれ、人望を失う。
 また、強すぎる武器は互いを潰し合い、疲弊させる。だから、それは自然と生まれた秩序であり、暗黙のルールともいえた。
 もっとも、そんなかびの臭いのする時代錯誤な誇りなど、既に形骸化しているのではないか、とチャオラウは考えている。目の前に強力な武器があるのに、それを敵が使わずにいると信じ込めるほど、彼はお人好しではなかった。
 ともかく、これらはあくまでも、凶賊(ダリジィン)同士でのこと。警察隊には通用しない。なので、窓際に立つということは狙撃の心配があった。

 ミンウェイの指示を受けた者たちが、ぞくぞくと門から屋敷に入ってくる。
 それがひと段落した後に、にわかにサイレンの音が屋敷を取り囲んだ。
「ミンウェイ、門の監視カメラの映像を、この部屋のモニタへ」
 モニタの中で、警察隊員たちがわらわらと車から降り、門の前に詰め寄せた。
 最後に、ひときわ目立つ車から、頭頂の乏しい恰幅のよい男が降りてくる。指揮官であろう。肩をいからせた高圧的な歩き方で、門の警護をする門衛たちに近寄った。
「さて、俺の罪状は何かな?」
 楽しげにすら聞こえる声で、イーレオが言う。
『鷹刀イーレオ! 貴族(シャトーア)の藤咲メイシア嬢の誘拐の罪で逮捕状が出ている!』
 男が叫ぶ。
「ほぅ……。なるほど、そう来るわけか」
 イーレオが眼鏡の奥の目を細めた。
「先に貴族(シャトーア)の子息を誘拐したのは、斑目の方でしょうに……まったく、厚顔なことですなぁ」
 チャオラウが呆れたように無精髭を揺らす。
「さて、どうしたものか……」
 イーレオがひとりごちる。
 ここを通せと怒鳴る男に、勝手はさせぬと立ち塞がる門衛たち――状況が掴めるまで門を死守せよと命じられている彼らには可哀想だが、もう少し情報が欲しいところだった。
 そこに、ひとりの警察隊員が割り込んできた。
 制帽の徽章からしても、三十路手前に見える年齢からしても、階級はさほど高くないだろう。
 彼は、上官であろう男の前をつかつかと横切り、問答無用で拳銃を抜いて、ひとりの門衛の胸にぴたりと照準を当てた。
 何年も櫛を入れていないような、ぼさぼさに乱れまくった頭髪。ひとつひとつの顔の部位は整っているにもかかわらず、血走った目がすべてを台なしにしている。不健康そうな青白い肌。そして目の下にはごっそりと隈ができてた。
 チャオラウが息を呑む。
「イーレオ様! あれは……」
「『狂犬』……緋扇(ひおうぎ)シュアン!」
 イーレオの顔に初めて焦りが生まれた。彼はミンウェイの前にあるマイクを奪い取り、門のスピーカーへと直接声を届けた。
「門を開けてやれ!」
 指揮官の男がにやりとする。
『メイシア嬢を探せ! 屋敷中くまなくだ! ……あるいは、不幸にも死体になられているかもしれないがな……』
 屋敷を囲んでいた警察隊たちが、門から一気に雪崩れ込む。

 ――メイシアは、ルイフォンとリュイセンと共に、屋敷に向かっている。
 彼女をこのまま、こちらに向かわせて良いのか……?
 ミンウェイは、ごくりと唾を呑み、総帥である祖父の秀麗な顔をじっと見つめた……。


〜 第三章 了 〜