di;vine+sin;fonia デヴァイン・シンフォニア
「自分の趣味にはいくらでも労力を惜しまないくせに、仕事は面倒くさがるお前が、今回はイーレオの要求以上のことをしているでしょう。……たとえば、王立銀行に侵入(クラック)したりとか、ね?」
シャオリエが意地悪く笑う。
そのとき、扉がノックされた。
「シャオリエ姐さん、お飲み物をお持ちしました」
スーリンの声だ。
シャオリエが「ありがとう」と応えると、茶杯を載せた盆を持ってスーリンが入ってきた。彼女は慣れた手つきで給仕をすると、「ごゆっくり」とぺこりと頭を下げて退室する。その際、ルイフォンのほうをちらりと見るのを忘れない。
「色男ね、ルイフォン」
シャオリエが揶揄を含んだ微笑を浮かべる。
ルイフォンは聞こえないふりをして、無造作に茶杯を掴み、中身を一気に飲み干した。
――その直後だった。
ルイフォンの頭が、がくっ、と落ちた。彼は小さくうめき、額を抑えてうつむく。
「凄ぇ、眠い……。今、くらっときた」
彼は昨日からずっと、ほぼ不眠不休だった。両目は腫れぼったく、隈ができている。
だが――。
シャオリエがふっと嗤った。
今までと明らかに雰囲気が変わった。
ルイフォンが顔色を変えた。
「シャオリエ、てめぇ、今の茶……!」
「だから、何かを口にするときは気を付けなさいと、いつもあれほど教えてあげたでしょう?」
「スーリンも、グルだな……」
「当然」
シャオリエの口の端が上がる。
「何を入れた?」
「鹿の子草が主成分の調合薬。そのままだと臭いがきついから、無味無臭にするためにいろいろ混ぜたそうよ」
「『そうよ』って、ミンウェイの薬か!? 効能は!?」
「ただの睡眠薬よ。――お前が寝不足だと、ミンウェイが心配していたからね」
「……ミンウェイの指示か?」
だんだん薬が効いてきたのだろうか。ルイフォンがソファーの背にもたれかかる。
「ミンウェイは何も知らないわよ。それに、あの子が盛るのは毒でしょう?」
「てめぇ……何を企んでいる!?」
ルイフォンは必死に瞼を開こうとするが、それはままならないようだ。
「人聞きが悪いわね。私はいつだって親切で動いているわよ? ……どう? 薬の具合は? それ、新作なんだって。ほら、うちの子たち、夜の仕事だから、どうしても寝不足になるじゃない? それで睡眠薬を調合してもらったのよ。まずは、嫌なお客で試してから、うちの子たちに勧めようと思っていたんだけど、お前が被験者第一号になっちゃったわね」
ルイフォンが満足に喋れないのをいいことに、シャオリエはぺらぺらとまくし立てる。
「糞っ……! メイシア! 悪い、ちょっと、待って、いて、くれ……」
ルイフォンの体が、力なくずるずると倒れていく。
そして、彼の頭はちょうどメイシアの膝に収まった。
突然のことに、メイシアは声にならない悲鳴を上げた。はずみで膝の上からルイフォンの頭が落ちそうになり、慌てて手を添える。疲労の色が濃く表れている顔を見ると、心が痛んだ。指先から、あるいは服越しに伝わってくるぬくもりが温かい。
「……あらぁ……。こういう寝方するとは……。さすがイーレオの子ねぇ……」
シャオリエが声を上げた。彼女は悪びれた様子もなく、感心したように溜め息を漏らす。揶揄すら感じられる言葉に、メイシアの心がざわついた。気づいたときには、彼女らしからぬ非難めいた言葉が飛び出ていた。
「断りもなく薬を盛るなんて、酷いと思います……!」
「あら、お前、ちゃんと喋れたのね? 今までだんまりなんだもの。口がないのかと思ったわ」
口調も声色も、大きく変わったわけではなかった。けれど明らかに、シャオリエの気配が変わっていた。
「大丈夫でしょう。いくら新作といってもミンウェイの薬だから。ああ、あの子、薬草のエキスパートなのよ。知っていた?」
メイシアは、このときになってやっと、シャオリエがルイフォンを呼んだ理由を悟った。早まる鼓動を必死に落ち着つかせる。
「……私に……私だけに、お話があるんですね」
「ああ、なるほど、確かに敏い子ね」
「……」
「メイシア、教えておいてあげるわ。貴族(シャトーア)では、御しやすい無口な女に高値がついたかもしれないけど、世間では沈黙は金じゃないのよ」
シャオリエがじっとメイシアの瞳を捉える。
「そうよ、お前とふたりきりになりたかったのよ。でも、ルイフォンに睡眠をとらせたかったというのも、嘘じゃないわ」
そう言って、嗤う。
シャオリエは、自分の座るソファーの脇に置かれた小机の煙草盆から、螺鈿細工の施された煙管を取った。刻み煙草をひとつまみして、火皿に詰める。火入れから火を移し、青貝の細工を煌めかせながら、吸い口を咥えた。
白い煙が吐き出され、部屋の空気が重くなった。
作品名:di;vine+sin;fonia デヴァイン・シンフォニア 作家名:NaN