あの日、雨に消えた背 探偵奇談10
言いかけたとき、突然雨が降ってきた。さっきまで晴れていたのに。霧雨だ。
「瑞くん来ると、雨になるんだよねえ」
颯馬がそう言って戻ろうと促す。以前、伊吹と二人で迷い込んだときも、確かに雨だった…。まるで本当に目に見えない何か…運命というものが存在していて、ここに伊吹とともに生きていることを否定されているかのようだ。許されないのだぞ、と。
「俺はやっぱりいつか、先輩の前から消えてなくならなきゃいけないのかな…全部忘れて…」
いつかみたいに。
先ほどの強い気持ちが、不安で覆い尽くされ消えていく。細かい雨粒が、静かに髪を濡らしていく。
無理なのかな。足掻いても。何度繰り返しても。
伊吹が、閉じていた目を静かに開けた。そこにはもう、先ほどの虚ろな視線はない。瑞の知っている、強い感情をこめた瞳が、まっすぐに瑞を見つめ返していた。
「おまえは俺の後輩で、友人だ。過去だか前世だか神様だか知らんけど、そんなのもう関係ないだろ。俺らが生きてんのは、今だろうが」
怒っているかのような口調だった。たぶん、運命とか神様とか、そういったわけのわからない、強大で逆らうことのできないものに対して。
「おまえが俺の前から消えてなくなる理由なんて、ないだろうが」
雨音に負けない声で、伊吹が言葉を震わせた。
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作品名:あの日、雨に消えた背 探偵奇談10 作家名:ひなた眞白