あの日、雨に消えた背 探偵奇談10
「神様とか、それに近い力を持つ存在だったんだと思う。じゃないと転生を繰り返すなんてできないと思うよ?いい神様か悪い神様かは知らないけど。うちの天狗様たちに嫌われてるくらいだから、俺は悪い神様だと思ってるけどねー」
わけがわからない。俺だってよく知らないよ、と付け加えてから、颯馬は今度は伊吹を見た。
「そして神末先輩は…瑞くんがその神様だか何だかだった頃に振り回されてた人間。祀っていた家系のひとか、その末裔か…。そんな感じだと思う。縁があったひと。悪縁か良縁か」
縁。夢で見た祖母にも言われた言葉だ。「いつかの時代で御縁のあったひと」
「…全然、意味がわかんないんだけど」
瑞は頭を抱えた。自分は一体どういう存在で、どんな時代を過ごしてきたのだろう。伊吹を振り回してきただって?
「…颯馬は、死別よりもつらい別れって、なんだと思う?」
頭を抱えている瑞の隣で、伊吹が突然そう言った。思わず顔を見ると、伊吹は静かな無表情を浮かべ、まっすぐに颯馬を見ていた。まるで動じていないかのようだった。いつか、迷い込んだ山で見たときの目だ。別人のような。
「んとね…俺なら、忘れちゃうことかな。あと、忘れられること」
忘れてしまうこと。忘れられてしまうこと…。颯馬があっさり答えたことに瑞は驚く。そうか、と目からうろこが落ちる思いだった。
「幸せも、悲しみも、思い出も、記憶も、もらった気持ちも交わした言葉も…全部なかったことになるのは、別れよりひどいよね?思い出せなくなるんだもん」
そう思いませんか。颯馬は伊吹にそう言った。伊吹は、黙って目を伏せた。颯馬の言葉を、どう受け取ったのだろうか。噛みしめるように黙っている。
作品名:あの日、雨に消えた背 探偵奇談10 作家名:ひなた眞白