詩集【紡ぎ詩Ⅲ】 ~恵想花~
せっせと準備しているところだ
春になれば どんな花が咲くのだろう
白木蓮は気高い凛とした花を咲かせる
私は薄紅が好きなので
さしずめ淡いピンクで濃淡のある
あまり大きくはない控えめな花が幾つか寄り添っているような
例えば 秋海棠のような花が咲けば良いなと思う
「恵想花」
ふと今 そんな名前が浮かんだ
ずっと夢を追い求めている自分と筆名を掛け合わせてみた
誰でも自分の花を咲かせられる
どんな花であっても良い
自分なりの花をイメージして
思い切り羽ばたいてみよう
強く願えば いつか貴方の花は開くはず
貴方だけでなく私の花も
春 一斉に皆の「夢」という花がひらく季節の足音が
もうすぐそこまで来ている
☆「山鳩」
ホッホホー ホッホホー
彼方から かすかに響いてくる鳥の鳴き声
あれは何と母に尋ねたのは
いつのことだったか
確か 私がまだ高校生になるかならない頃だ
―あれは山鳩よ。
母は微笑んで応えた
あの頃 父は元気で母も若かった
それからわずか三年も経たない中に
働き盛りだった父は不慮の事故で亡くなった
人の生命の儚さを初めて知った瞬間だった
その日の朝には笑って話していた人が
夕刻には物言わぬ姿となり果てている
世の中にそんな理不尽なことがあっても良いものかと
烈しい絶望と怒りが18歳の私の中で渦巻いた
流れの激しい川のよう時間は過ぎ去り
私自身が父の亡くなった年に近づいた
それにつけても思うのは 父の無念だ
さぞやりたいことも伝えたいこともあっただろうに
何一つやり遂げることなく話すこともできず
ある日突然 人生を絶たれてしまったのだ
父の死は私に大きな哀しみとたくさんの教えとをもたらした
ある日 人生が突然終わったとしたら―
あまり考えたくないことだけれど
もし そうなった時 自分に後悔はあるのか
時々 人生で立ち止まって考える
小さな後悔は尽きることはないが とりあえず大きな後悔はない
そう言えるだけの生き方はしてきた
だが 本来人とは欲張りな生きものだ
一つの目標が達成されれば また次の目標ができる
際限がない
まだ父が元気であった頃
朝 寝覚めの床で必ず山鳩の声を聞いた
登校前の慌ただしいひとときにも
山鳩はホッホッーホッホッと優しい声で鳴き続けていた
庭にあった樹々も伐採して昔に比べると随分と緑の茂みがなくなった
そのせいか
長らく山鳩の声を聞いていなかったはずなのに
最近 また山鳩が庭に来て啼くくようになった
ホッホホー ホッホホー
この声を聞くと
どうしても子ども時代の幼い記憶が呼び起こされる
まだ父が元気で母が若く
私が子どもで何も知らなかった頃の幸せな記憶
両親に慈しみ守られていた時代
父の亡くなった年が近づいたせいか
最近は死後のこともふっと考えるようになった
もし死後の世界があるとしたら
私は恐らく天国では両親の許に帰ると思う
たぶん そのときは父と母は山鳩がしきりに啼いていた頃の姿で
元気で若く
私自身は子どもに還っていることだろう
願わくば そうありたいものだと思う
物想いに耽る私の耳に
今日もまた遠くから山鳩の声が響いてくる
☆「光と風の季節」
ふとキラリと光るものが眼を射る
弾かれたように顔を上げた私
視線のその先で光が踊っていた
昔は手水鉢として使われていた石は中が大きくくりぬかれている
その石の底で温かな光が揺れていた
屋根の影が映っているのだろうか
やわらかな光が吹き抜ける度に
揺れる 揺れる
キラキラと揺れる
今年は信じられないほど暖かくなるのが早く
まばたきをするくらい呆気ない間に春が来た
周囲を取り巻く空気が潤み始め
光は力強さを持って
風は紡ぎたての絹(シルク)のように滑らかさを増してくる
風が優しく通り過ぎる度に
そこここに満ちた春の光が
踊る 踊る
それはまるで そよ風と光の華麗なるダンス
大好きな白木蓮の蕾も春の風が
みどり子をあやす母親の手のひらのようにそっと撫でて通り過ぎる度
少しずつ膨らんでゆく
正月やクリスマスを待つよりもずっと強い気持ちで春を待ちわびる
私の側をまた春の風が通りすぎていった
石の上で光が跳ねる 踊る
それは素敵な光と風のダンス
☆「味方を装った敵」
そんな人はどこにでもいる
―どころか 意外と身近にいる
あなた自身が思いもかけないほど近くに身を潜めているかもしれない
笑顔と甘い言葉であなたに近づき
この上なく優しく囁く
「味方を装った敵」
騙されてはいけない
甘い言葉に乗せられて調子に乗っていると
予期せぬ場所で思わぬしっぺ返しを食らうことになるから
敵か味方か見極めるためには
その人物の別の人に対する態度を観察してみれば良い
自分に対する態度とその違いをしっかりと認識すれば
それだけで
あなたに向ける「厚意」が真実か偽物か判る
かつて私もそんなことがあった
何かかが違う どこかが違う
親しげな態度と親切な言葉なのに
ほんの少しの違和感を感じていた
まるで魚の小骨がひっかかったような小さなものにすぎないのに
それは常に私の中でわだかまっていた
しばらく経って その原因が判った
その人の優しさには何も真実は入っていない
見せかけだけのものだから
何か感じるものがあったのだ
今年の占い結果にはこんな項目があった
―不要な縁が切れてラクに生きられます。
油断してはいけない
人は誰でも優しさを示されれば 素直に他人を信じたくなるもの
けれど どこにでも味方を装った敵はいる
☆「明日、花咲く」
いよいよだ
廊下のガラス戸を開いて庭をのぞき込んだ瞬間
声を上げそうになる
隣には中学校から帰宅したばかりの次女
―どうしたん?
―花がもう咲きそうなんじゃ!
飛ぶようにしてカメラを部屋に取りに戻った
庭まで跳ねるようにかけていく
誰かが見ていたら
年甲斐もなくスキップするような足取りに見えたかもしれない
毎年 白木蓮が咲くのを愉しみにしている
この季節もまだ年明け頃から気になりだし
二月に入ってからは特に気もそぞろだった
この数日 開花もいよいよカウントダウン状態になり
更に待ち遠しさはエスカレートする
駆けつけて眺めれば
確かに幾つかの花は蕾が大きくふくらんで
恐らく今日中か明日には咲くのではないか
私の心はもう期待感と歓びではち切れんばかり
それこそ花の蕾が開くようだ
長い冬の後には温かな陽射し溢れる春が来るのだと
この花たちに幾度教えられ救われたことか
いつしか娘が私の側に来ていた
そんなことにも気づかず花に見惚れていた
―今日は卒業式の予行だったんよな?
―うん。
ついに明日は卒業式
三年前にここで小学校卒業式の後 写真を撮った
あの日は雨
あっという間に月日が流れ
今度は中学校の卒業式だ
(よく頑張った我が子よ。)
心の中で言葉には出さない想いを込めて花を見つめる
明日はきっと娘の卒業を祝福してくれるかのように
この蕾たちが一斉に開くだろう
―明日には咲くなぁ。
母の言葉に娘は
―めでたい日になるね。
いっぱしのことを言う
それだけ成長したのだと明日のことを思うだけで目頭が熱くなる泣き上戸の母と
笑顔満開の娘
共に手をつないで歩いてきたこの15年
作品名:詩集【紡ぎ詩Ⅲ】 ~恵想花~ 作家名:東 めぐみ