隣と彼方 探偵奇談9
糸のさき
心地よく眠っていた。風が鳴り、頬を過ぎていく。
ゆっくりと目を開けた。瑞は木にもたれかかって眠っていたようだ。なんだ、ここは。
森の中だ。木々の隙間から月明かりが降っている。草の匂い。木々が風にそよぐ音がざわざわと聞こえる。
「糸?」
立ち上がろうとした瑞は気づく。左手の薬指に、細くて赤い糸がくくられている。その先端は足元で千切れてて、ふわふわと風に舞っていた。
右手の小指には、同じような青色の糸がくくられている。それはからまり、たまになり、継ぎ足されながら深い森の奥へと続いている。
「なんだこれ…誰が…」
一人呟いた時、風がごんと吹きあれ、その風にまじって声が響いてきた。
――天命に続く糸だよ
「え?」
どこかで聴いたことのある男の声だった。含むように、笑っているように嬉しそうな声。それは風のなかをはっきりと届く。天から?
――赤い糸は、あなたの恋に。青い糸は、あなたの未来につながっていま~す
やはりどこかで聴いたことのある声だった。のんびりとした、邪気のない声。こいつ誰だっけ。ちょっと癇に障るのはなぜだろう。
「赤い糸の先、ないじゃん。千切れてるじゃん」
――それはあなたが、まだ運命の恋を知らないからですねえ。誰かを本当に好きになったこと、ある?ないよね?そうでしょ?
作品名:隣と彼方 探偵奇談9 作家名:ひなた眞白