隣と彼方 探偵奇談9
「一之瀬は、どうなの。宮川主将」
二回目の青信号に変わったところで、瑞は歩き出しながらそう言った。それに連なりながら、郁は静かに答える。宮川に憧れていて大好きだったことは事実だ。
だけど、不思議だ。宮川に憧れていたころは毎日楽しくてうれしくて幸せだったのに、瑞を好きだと自覚してからは、苦しくてつらいことのほうが多い。なんでだろう?
「いまは…違うから…」
「え、そうなの?別に好きなひとがいるんか」
夏のころは、よくこのことで瑞にからかわれていたものだ。瑞は驚いたようにこちらを見た。
「一之瀬?」
住宅街の街灯の下で、郁は立ち止まる。訝しそうに振り返ってくる瑞を、郁はまっすぐに見つめる。
「あ、あたしがいま好きなひとはね」
言っちゃおうか。だめ。でも。
「最高に、優しいひとなんだ…」
いま目の前にいる。きっと興味もないだろうに、聴いてくれているひと。
「…あたしの好きなひとは、たぶん間違いなく世界で一番かっこいい…」
こんなずるい方法でしか気持ちを伝えられない臆病な自分。瑞が不思議そうにこちらを見ている。もっと真正面からぶつかる勇気があれば。自信があれば。気持ちを伝えても、関係を壊さなくてすむ絆があれば。
それ本当に、と瑞が静かに尋ねてくる。
「…え?」
不意を突かれ、郁は目を丸くなって聞き返す。
「本当に最高に優しくて世界で一番かっこいいなら、一之瀬がそんな辛そうなのっておかしくないか?」
「……あたし、辛そう?」
そんな顔してたのだろうか…。途端に恥ずかしくなって俯く。
作品名:隣と彼方 探偵奇談9 作家名:ひなた眞白