彼が残した風景
秋の夜。読書の秋ではないが私は自分の書棚の中の本のタイトルを右から眺めていった。
どれをまた読み直そうか?
私は買った本は二度三度、気が向いたら読み直す。
「ラッフルズホテル」1989年、村上龍の作品だ。
内容はもう忘れてしまっている。
パラパラっとめくると絵葉書が一枚、栞代わりに挟んであった。
久しく忘れていた彼からの絵葉書だった・・・(まだ、あったのか)
その絵葉書は関門海峡の写真のハガキだった。
“和美 元気か?
俺は今から九州へ渡る
気ままなひとり旅だ
寂しくさせてゴメンな
すぐ帰るからな“
今だったらメールで済ませるが、いつもカッコつけのあいつは電話やメールでなくわざと愛してるよのハガキをこんな風に遠くへ行ったら送って来ていた。そして私はそれを貰って泣いたり喜んだりしていた。
正直、懐かしさがこみ上げる絵葉書だ。
「あの馬鹿・・・」
口元が自分でも微笑むのがわかった。
きっと時間薬は体の隅々まで効いて、免疫までつけさせてくれたんだろう。
私は絵葉書の写真をあの時よりもしげしげと見た。
関門海峡は確か本州と九州の間にある海だ。
航空写真で写してあるが、実際どれくらいの距離で離れているんだろう?
本州と九州を結ぶというくらいだから、凄く大きいのだろう。
残念ながら地理は苦手だったので、頭の中にどこにあるのかも浮かんでこない。
多分、あの辺だろうというぐらいだ。
ふっと、見てみたいと私は思った。
別れた男の面影を追いかけて海峡へ・・・なんて、昔の日本映画か演歌みたいではないか。
私は自分の発想に笑った。
そして私は仕事の合間を見つけ「彼が残した風景」に旅することにした。